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がんを知る 胃がん 群馬大学大学院病態総合外科学(第一外科) 教授 桑野博行
はじめに
胃と胃がん
胃がんとは胃壁の内側に存在するこの粘膜層から発生する腫瘍のことを指します。胃壁の中(粘膜層以外)から発生する悪性腫瘍は肉腫と言い、厳密には胃がんとは区別されます。がんが悪性腫瘍と呼ばれるゆえんはその性質によります。すなわち、無治療でいると胃の粘膜から胃の壁中にどんどん入り込み大きくなります(浸潤性質)。また、血管、リンパ管などを通ってリンパ節、肝臓、肺などの他臓器に広がります(転移性質)。また、胃がんが胃壁を突き破ると、がん細胞の広がりを阻止するものが何もありません。従って、お腹の中にがんがばらまかれた状態になります(播種性質)。良性腫瘍は基本的にはこれらの性質は持ち得ていません。
胃がんの症状
胃がんの原因 また、最近注目されているものにピロリ菌(Helicobacter pylori)があります。これは一九八〇年代に発見され、比較的最近、認識された菌です。発見したのは残念ながら日本人ではなく、マーシャルというオーストラリア人です。ピロリ菌の感染率は西洋人に比較し東洋人に高く認められ、経口的に感染すると考えられています。浄水処理が乏しかった昔は、井戸水などからその他への口移し、ペット、糞便感染したと考えられています。そのため、わが国では年齢が高い人ほど感染率が高い傾向が認められます。胃内視鏡検査でピロリ菌は感染しないのか?と、よく質問されます。内視鏡学会ではこの菌を想定し、一回の検査ごとに機械の消毒を義務付けており、胃内視鏡検査のためにピロリ菌に感染する危険性は通常の病院ではほぼ無いといえます。世界の学者たちはピロリ菌に感染すると、胃に慢性的な炎症(慢性胃炎)や胃十二指腸潰瘍を起こし、最終的に胃がんが発生するのではないかと推測し、日夜研究しています。 しかしながら、ピロリ菌と潰瘍との関連は明らかにされているものの、潰瘍から胃がんに移行するステップのメカニズムはいまだに議論されている段階で解明されていません。つまり、ピロリ菌に感染していると胃がんになるとか、ピロリ菌を除菌すれば胃がんにはならないということは現段階では言えないのです。しかし、胃がんの患者さんの多くがピロリ菌陽性であることも事実で、現状では胃がんが発生するにはピロリ菌が一因子であることに違いありません。現状ではピロリ菌と発がん機構は明らかにされたわけではなく、さらに先に述べた食事環境因子が必要と考えるのが一般的です。なお、ピロリ菌の除菌が保険適応になっているのは、その関係が明らかにされている胃十二指腸潰瘍で、無症状の方には適応はありません。いずれにしても、胃がんの予防にはバランスのとれた食事を摂取し、心身ともに健康な生活を営むことが大切だと考えられます。
胃がんの診断 【血液検査】 貧血の有無、肝臓機能異常の有無、腫瘍マーカー(CEA、CA―19―9、AFP)の高値などを調べます。また、検診などでは血清ペプシノゲンT/U比率を調べることもあります。この値は萎縮性胃炎、および胃がんなどで低くなる傾向があることが知られおり、健康診断で利用している地域もあります。 【胃X線検査】胃がんが胃のどの辺りに、どの範囲で存在するのかを知るために有用な検査です。内視鏡の発達した現在でも重要な検査です。実際にはバリウムを飲んで行います。バリウムはX線では白く写り、胃がんの存在する部位はバリウムをはじくため黒く写ります。このようにバリウムのたまりによるコントラストで胃がんを診断する方法は二重造影法といい、日本人が開発した検査法です。 【胃内視鏡検査】がんを直接、肉眼で確認できる唯一の検査です。腫瘍が本当にがんであるのか? がんが胃の上中下、どの範囲に広がっているのか? 胃壁にどのくらい食い込んでいるのか? リンパ節転移はあるのか?の診断を行います。 1. まず、腫瘍ががんであることを確認するには腫瘍の一部の組織を採取し(生検)、顕微鏡で直接確認する必要があります(病理検査)。少し難しい話になりますが、胃がんは病理検査にて分化型と未分化型に二分類されます。わざわざ二分類しているのは性格が多少異なるからです。一般には未分化型の方が分化型に比較しリンパ節転移や腹膜播種しやすく、その一方で分化型は肝転移しやすいといわれています 2. がんの広がりを見るためには、胃内に直接色素をかけて診断することもあります(コントラスト法)(図2)。 3. 胃壁にどのくらい食い込んでいるか診断するためには胃内に水をためて、超音波診断を行うこともあります(超音波内視鏡検査)。あとで述べますが、がんの胃壁侵入の深さ、リンパ節の腫れの有無は治療を行う上で非常に重要な因子です。 【腹部超音波検査】肝臓転移の有無、リンパ節の腫れの有無、腹水の有無の診断に用います。侵襲は少ないのですが、しばしば、お腹の脂肪や腸管ガスが多いと診断の妨げになります。 【CT検査】X線で体を輪切りにした写真を得ることができます。先の腹部超音波検査と異なり、脂肪やガスの影響は受けません。胃がんが胃壁のどのくらいの深さまで浸潤しているのか?肝臓、および肺転移はあるか?腹水はあるか?の診断に使われます。特に、リンパ節の腫れがあるか?の診断には腹部超音波検査では胃の周囲や体の深いところにあるリンパ節の診断はしばしば困難なため必須の検査です。 【FDG―PET】がんの糖代謝が活発である性質を利用した検査です。具体的には糖に放射性標識をつけて注射し、放射性物質の取り込みの多いところ(がん)を検出します。胃がんでは転移部位、もしくは腹膜播種の診断に有用との報告もあります(図3)。
胃がんの進行度・ステージング
1. 胃がんの深さ(T) 胃壁は五層に分類され(図4)、胃がんの発生する内側から粘膜層(M)、粘膜下層(SM)、固有筋層(MP)、漿膜下層(SS) 、漿膜層(S)に分けられます。それぞれはT因子としてT1(M、 SM)、T2(MP、SS)、T3は漿膜層を破って顔を出している状態、T4は他の臓器にがんが連続性に浸潤している状態です。 2. リンパ節(N) がんはリンパ流という流れにそって広がると考えられており、分かりやすいよう流れにそって番号がつけられ整理されています。胃壁に接したリンパ節は1群リンパ節(N1)、それより少し離れた2群リンパ節(N2)、かなり離れた3群リンパ節(N3)です。ステージングシステムは一見複雑ですが、医者が患者さんのがんの広がりを決定するのに非常に役立っています。例えば、「T2N1」の人と「T3N0」の人とはがんの進行度は違うようですが、分類では両方とも「ステージU」で同様の進行度になります。このステージ分類は過去の胃がん患者さんの予後をはじめとした膨大な情報の蓄積にもとづいて成り立っています。
胃がんの治療法 【内視鏡下胃粘膜切除】組織型が分化型がんで、潰瘍がない2以下のがん、もしくは組織型は問わず、潰瘍がない1以下のがんが適応とされています。これは内視鏡で1括切除できることと、リンパ節転移が無いという条件から定義されています。具体的な方法ですが、まず内視鏡下でがんの下に水を注入し腫瘍をうかせます。次いで、ワイヤーもしくは電気メスで腫瘍を焼き切る手技です(図6)。今後、治療手技がさらに向上すれば、より大きい腫瘍も適応となることが期待されます。
【腹腔鏡補助下胃切除術】胃壁浸潤がM、もしくはSMで、リンパ節転移の無い症例が適応となります。具体的にはお腹にポートというパイプを挿入し、お腹を空気で膨らませます。そして、直径10ほどの細いカメラでお腹のなかを確認しながら胃を切除します(図7)。メリットは@美容上、傷が小さくて済むA手術後の痛みが少なくて済み、回復が早いことなどがあげられます。一部内視鏡下手術は危険である、と考えている人もおられると思いますが、胃がんの分野では早くから内視鏡手術が行われており、十分な経験と訓練を受けた医師がいる施設では、現在では手技も一定しています。合併症の頻度は他の手技と比較し高いということはありません。
【開腹胃切除術】上記以外の手術は基本的に開腹手術となります。がんのある場所によって手術手技も多少変わります。すなわち、胃の出口(幽門)付近にがんがあるときは「幽門側胃切除術」といい、胃の下約三分の二を切除する手術。胃の入り口(噴門)付近にがんがあるときは「噴門胃切除」といって胃の上約三分の二を取る手術、もしくは、胃を全部取る「胃全摘術」が適応となります。胃がんが胃の上下広範にわたっている場合は「胃全摘術」になります。また、このとき大事なのが胃周囲のリンパの流れに沿って、リンパ節を取ることです(リンパ節郭清)。どの範囲でリンパ節を切除するかは手術前の検査結果によりますが、基本的には少なくとも2群(胃から少し離れたリンパ節)までは取ります。 さて、胃を取ってしまった後はどうするのか?そのままにしておいたら食べたものがお腹にもれてしまいます。そのため、食べたものがもれないように取ったところをつなげなくてはなりません(再建)。この再建法には、外科医により昔からいろいろな種類が考案されてきました。まだ、どの再建法が一番よいというのは無く、それぞれの施設で一番得意とするものを選択しているのが現状です。いくつか、代表的なものを提示しておきます(図8)。
【化学療法】がん細胞を殺す作用のある薬を投与する治療法です。化学療法と外科治療の大きな違いは、外科治療が局所的な治療であるのに対して、化学療法は薬が体全体にわたる全身治療である点です。従って、外科的処置だけでは取り切れない範囲に腫瘍が広がった症例が適応となることが多いのです。具体的には遠くのリンパ節(N3)に転移が疑われる方、腹膜播種を疑われる方、肝臓、肺などに転移のある方などです。 主な薬として、従来からある5―FU、Leucovorin(ロイコボリン)、Cisplatin(シスプラチン)。新規抗がん剤としてTS1、Paclitaxel(パクリタキセル)、Docetaxel(ドセタキセル)、およびIrino-tecan(イリノテカン)などがあります。副作用は吐き気、下痢、皮膚沈着、脱毛、白血球減少などがあります。新規抗がん剤は従来、薬に比較し副作用は少なくなり、がんに対する効果も上昇している傾向が認められます。現在、胃癌学会を中心としデータが集められています。 また、あとで述べますが、進行した例では手術後に補助療法として化学療法を行う「術後補助化学療法」、手術前にがんを縮小させておく「術前化学療法」など手術と組み合わせて行われることもあります。 【温熱化学療法】腹膜播種がある方が適応となります。腹膜播種はがん細胞がお腹全体にばらまかれている状態ですので、お腹に直接抗がん剤を入れると同時に、お腹を温めてがん細胞をやっつけようというものです。腹膜播種は難治性のためその効果が期待されます。ただし、播種が腹膜表面にのみ存在する場合が対象で、大きな腫瘤が形成されている場合適応外となります。 【放射線療法】腫瘍に直接放射線をあてて、がん細胞を殺すほか、骨転移に対する疼痛コントロールに用いられることがあります。
胃がんのフォローアップ 【術後症状】胃を切ることでさまざまな症状が出ることが知られています。 1. 下痢:月に1、2回ほど下痢をすることがあります。通常の感染性の下痢と異なり、数日で何事もなかったように改善しますのであまり問題になりません。 2. ダンピング症候群:食後に冷や汗、吐き気などの症状が出ることがあります。胃を全部取られた方に多く認めます。原因は胃がなくなったために、食べ物が急速に小腸に流れ込むために起きます。食事の仕方などで改善していきます。 3. 貧血:胃全摘の患者さんに認めることが多いのです。原因はビタミンB―12の吸収障害です。定期的にビタミンB―12の注射をする必要があります。 4. 腸閉塞:胃がんのみならず手術でお腹を切った方はどなたも起こる可能性があります。原因は腸の癒着です。腹痛、嘔吐を認めた場合は我慢しないで主治医に相談してください。 このほか、多様な症状が出ることが予想されますので、症状が認められた場合は悩まず主治医に相談してください。 【追加補助療法】進行胃がんに対して行うことがあります。ただし、その有用性については明らかなデータはまだありません。現在、胃癌学会が中心となってデータを集め、解析しているところです。しかし、新規抗がん剤のTS―1は原発、再発胃がんに対する有用性が証明されていますので、再発予防としての効果も期待されます。群馬大学大学院病態総合外科(第一外科)ではそのことを十分お話し、ステージU以上の方には追加補助化学療法の選択枝について説明しています。 【再発フォロー】胃がん再発は血液検査、定期的内視鏡検査、およびCT検査にてフォローアップしていきます。一例として、群馬大学第一外科のフォローアッププログラムを示します(表2)。胃がん手術後は、手術前と異なり症状が出にくいこと、また胃を残す手術をした場合は手術後十年以上たってから、残胃に胃がんが発生する率が上昇するとのデータもありますので、長期的にしっかりフォローしていくことが大切だと考えられます。また、他の臓器における新たながん発生について十分に配慮していくことも重要です。
おわりに
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