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群馬県のニュース

彫刻家の半田富久さんが事故死 日航機事故の慰霊塔制作 

更新日時:2017年4月21日(金) AM 06:00
 乗客乗員520人が亡くなった1985年の日航ジャンボ機墜落事故の「慰霊の園」(群馬県上野村)にある慰霊塔などを制作したことで知られる、安中市出身の巨石彫刻家、半田富久さん(80)=横浜市港北区新横浜=が20日、埼玉県内で交通事故を起こし、搬送先の病院で死亡が確認された。半田さんは安中市松井田町の妙義山中に構えたアトリエを拠点に創作し、国内外で高い評価を得ていた。突然の訃報に関係者は「もっと活躍できたはずなのに」と落胆した。

◎「もっと活躍できた」
 埼玉県警によると、同日午前3時15分ごろ、同県上里町長浜の国道254号で、半田さんのライトバンが対向車線を越えて道路脇の住宅のブロック塀に衝突。半田さんは胸を強く打ち、高崎市内の病院で同4時45分に死亡が確認された。遺族によると、アトリエから自宅に帰る途中だった。

 半田さんは新島学園中で洋画家、小林良曹さん(1910~99年)から美術を学び、高崎高から東京芸術大に進学。明治大大学院建築学修士課程修了後、慰霊の園の慰霊塔や海音寺潮五郎の墓など数多くの作品を世に出した。故小渕恵三元首相の銅像も制作した。

 半田さんを知る人は突然の知らせに驚き、肩を落とした。妻の睦子さん(77)は「最近は海外のオークションで高い評価を得て喜んでいた。やり残したこともあったが、豪快に生き抜いた」と声を詰まらせた。小林良曹さんの義理の息子で交流の深かった義和さん(72)は「1週間前に会ったばかり。繊細で優しく、義理堅い人だった」としのんだ。

 上野村の神田強平村長は「慰霊の園の建設に尽力してくれて非常に感謝しています。ご冥福をお祈りいたします」とコメント。小渕優子衆院議員は「人間味のある人柄で、とても熱心に(銅像を)制作している姿を見て、大変ありがたく思ったのを覚えています」と悼んだ。高崎高の同級生、田端穣さん(80)は「豪放磊落らいらくで情に厚かった。同級生であれだけ活躍した人物はいない」と評した。

 葬儀・告別式は近親者で行う予定。喪主は睦子さん。しのぶ会の開催を検討している。

※詳しくは「上毛新聞」朝刊有料携帯サイト「上毛新聞ニュース」でご覧ください。

半田さんが手掛けた慰霊塔

 

半田富久さん