文字サイズを変更する
小
中
大
 

《白球の詩》仲間の支えに感謝 健大高崎・湯浅大主将 

更新日時:2017年8月23日(水) AM 02:39
 3点差とされた九回裏の先頭。これ以上ない緊張感の中で、力む様子もなく左中間二塁打を放った。続く安藤諭の単打で難なく本塁を踏んだ。あと2点。健大の反撃ムードは、これ以上ないほど高まった。いまだピンチなのだと感じさせない足取りでベンチに戻ると、打席の仲間に声援。「頼りになる主将」が板に付いていた。

◎右手首手術が転機
 昨夏の大会前、ともに1桁の背番号をもらった盟友の安里樹羅と「日本一の二遊間になろう」と誓い合った。だがその夏は敗れ、念願の選抜甲子園も右手首の骨折で代走出場が精いっぱい。春大会こそと思った直後、手首の骨がくっついていないと分かり、再手術となった。「目の前が真っ暗になった」

 地元の学童チームで監督として指導した父の冬樹さん(47)は「幼い頃はテレビゲーム好き。遊ぶなら外で、と連れ出したのが始まり」と振り返る。低学年の頃から、夢中で球拾いするうちに野球にのめり込んだ。何事にも熱中する性格で、中学では自主トレでティーバッティングをしすぎ、腰を痛めるほどだった。

 50メートル6秒の足と、向かってくるゴロをすべて吸い込むようなグラブさばきを武器に、健大ではい上がった。だから、チームは背中で引っ張ればいいと考えていた。それが再手術を機に変わった。主将代理として奮闘する安里、冗談で笑わせる小野寺大輝、洗濯を手伝ってくれる後輩たち。「仲間のありがたさに、今更だけど気が付いた」

 半年間、来る日も来る日も練習場で水まきやグラウンド整備。ベンチやスタンドで試合を見て、野球とチームに一から向き合った。

 今月に入り、ようやくチーム練習に合流した。試合出場を許可されたのは初戦を突破した後。スローイングの感覚、試合勘のずれは一目瞭然だった。青柳博文監督も「本来のプレーはこんなもんじゃない」と分かっていたが、選手として、主将として、絶対にグラウンドから欠かすことのできない一人になっていた。

 「また一緒にやれる。日本一、忘れてないぞって。うれしかった」と安里。送球が多少上ずっても、頼れる二塁手が必ずフォローしてくれた。

 決勝は、誰もが健大の猛反撃を予感した直後、突然幕を下ろした。2点差に詰め寄り、なお無死一塁で4―6―3のダブルプレー。鮮やかな「二遊間」の連係で流れを断ち切られた。自分たちも目指した理想的な守備の形を、頂点を目前にして見せつけられた。

 試合後の閉会式を前に、安里と2人、トイレにこもって顔を洗った。そんなところまで、息がぴったりだった。

 「生意気ばかりの3年間だった。でも困ったら声を掛けて、引っ張ってくれる仲間がいた。『約束』を果たせなかったのは悔しいけど、健大で野球をしたことは間違いじゃなかった」(田中暁)

※詳しくは「上毛新聞」朝刊有料携帯サイト「上毛新聞ニュース」でご覧ください。

9回裏2死、打席の安里に声を掛ける健大高崎の湯浅主将=上毛新聞敷島

  • 上毛新聞を購読する
  • 上毛新聞に広告を載せる
URLを携帯へ転送 右のQRコードから上毛新聞モバイルサイト「じょうもばいる」にアクセスできます