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視点オピニオン21

治安情勢の変化 協力進め一層良い世に

県防犯協会専務理事 伝田弘二
 
 県警OBになり1年数カ月が経過しました。現在勤める群馬県防犯協会は、県や県警とタイアップして、地域の安全安心街づくりの業務を推進しているため、多くの防犯ボランティアの皆さんに支えられています。

 県内の治安情勢は、時代の流れにより変化しておりますが、私が警察官になった当時の治安情勢について少し触れたいと思います。

 私が警察官を拝命した1974年は、オイルショックにより、経済が混乱し、急激なインフレの年でした。初任給が5万数千円、暮れのベースアップが約30%だったと記憶しています。

 当時、群馬県の治安情勢をみると、刑法犯の認知件数が1万6800件、交通事故死者数が227人でした。その頃は、暴走族がバイク、自動車数十台で頻繁に集団暴走をした時期で、土曜日は県内の至る所で暴れていました。

 暴走族は、爆音を鳴らし、信号無視を繰り返して、一般交通に迷惑を及ぼす危険な集団なため、県警も取り締まりを強化していました。

 私の一番記憶に残ることは、伊勢崎オートレース場が開場した76年、東毛方面で集結したバイク、自動車約200台が暴走を繰り返して、伊勢崎オートレース場の駐車場に集結した時のことです。1台のパトカーが囲まれ、応援したパトカーにも危害を及ぼすなど暴徒化したため、県警の通信指令室(110番対応室)に応援要請をしました。すぐに通信指令室から「周辺の警察署は、最大限のパトカーを伊勢崎オートレース場に急行せよ」と、各署に緊急指令が流れ、続々と各署のパトカーが応援に駆けつけました。

 赤色灯のパトカー数十台が暴走族グループを取り囲んでの対応。その光景はすさまじく、県警の組織力のすごさ、頼もしさを痛感しました。

 その後、道路交通法が改正され、暴走族の取り締まりも一段と強化したため、暴走族グループはだんだんと減少傾向になりました。

 昭和から平成にかけては、交通事故死者数が多く、96年には、死者数を200人以下に減少させる「交通死亡事故抑止チャレンジ200」対策が展開されました。

 過去の刑法犯罪、交通事故をみると、刑法犯認知件数は2004年の4万2643件がピークで、交通事故死者数は1972年の351人が統計的には最高の年でした。

 しかし、昨年は、刑法犯認知件数が戦後最少1万4006件となり、交通事故死者数も統計史上最少の62人を記録するまでになりました。

 犯罪が少なく、交通事故死者も少ない治安情勢。まさに私たちが最も望むところではないでしょうか。

 今後、この治安情勢を維持するためにも、関係機関、団体などのより一層の一致協力が必要ではないかと思います。



県防犯協会専務理事 伝田弘二 前橋市

 【略歴】渋川市出身。1974年に県警警察官拝命。桐生、長野原両署長、県警本部交通企画課長、鑑識科学センター長などを経て退職、2016年4月から現職。

2017/07/28掲載
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