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視点オピニオン21

都会のあるタクシーで 温和に仕事全うは手本

映画監督、脚本家 飯塚健
 
 ある夜、東京新宿は西参道界隈(かいわい)。いけないことだと知りつつも、私は信号ではない場所で、片側2車線の道路を横切ろうとしていた。進行方向側に渡り、タクシーを拾うためだ。小雨がぱらつく中、途切れそうで途切れない、中2の恋以上にじれったい、車の流れにジリジリしていた。

 その時だった。背後から声を掛けられた。「ひょっとして、タクシーをお待ちですか?」。振り向けば、40代半ばくらいだろうか、男性が立っていた。制服姿から、タクシーの乗務員であることがわかった。もともと、ジリジリしていた私の傍らにはタクシーがハザードをたいて止まっており、その主の運転手さんは付近のコンビニへ行っていたところだった。缶コーヒーを手に戻って来たら、道路をうかがう私を見つけた、ということらしい。

 「タクシーですよね?」「ええ。でも進行方向が逆で。行き先、反対なんです」。つかの間の後、運転手さんは「構いませんよ、Uターンしますから。乗ってください」と揚々とタクシーに乗り込むや、後部座席のドアを開けてくださった。

 そしてすぐには料金メーターを作動させず、中3の将来への不安以上にじれったい、車の流れがようやく途切れたところで、「行きますよ」と軽快にUターンを決めるや、「入れさせていただきますね」とそこで初めてメーターを作動させた。その後も運転手さんは懇切丁寧な応対で私を目的地にまで運んでくれた。

 職業柄、深夜だったり、場合によっては早朝まで働いていることも珍しくない私は、タクシーを利用する機会が恐らく平均よりも多い。となると当然、ひどい運転手に当たることもまれじゃない。目に余る応対に、「サービス業とは一体何だ?」と思ったこと数知れずだ。途中で降りたことだってある。

 だからこそ、自分の仕事を全うしている、運転手の鏡のような運転手さんに出会うと、心が洗われたような気持ちになる。そして私の仕事は、こういう方々が日頃身を削って得た収入の中から、「1800円」(映画料金)を頂戴し、「ありもしない、虚構の物語」を見せることなのだ、とあらためて思い知るのだ。

 この頃、「炎上」「たたく」を筆頭に、やたらと他人を非難し、罵倒し、攻撃する風潮が顕著だ。何かあればすかさず揚げ足を取り、失言だと責め立てる。謝れと詰め寄る。謝らせてなお、口撃をやめるわけでもない。そういう誰かの不祥事を今か今かと待ち望んでいる気すらする。

 いささか、イライラしすぎじゃなかろうか。この運転手さんのような気持ちを誰もが持てば、生きやすいと思うのだが。少なくとも、今より絶対マシになる。暑さが増すにつれ、いら立つ機会も増えやすいと思うが、なるべく穏やかに過ごしたい。



映画監督、脚本家 飯塚健 東京都渋谷区

 【略歴】渋川市生まれ。映画監督。脚本家。代表作に「荒川アンダーザブリッジ」シリーズ、「REPLAY&DESTROY」など。「笑う招き猫」上映中。

2017/07/20掲載
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