文字サイズを変更する
小
中
大
 

視点オピニオン21

地動説と天動説 科学的理解重視を

県立ぐんま天文台観測普及研究員 橋本修
 
 地球は太陽の周りを回っている。いわゆる地動説である。小学生でも知っていて、誰もがそれが正しいと答えるはずである。しかし、どうしてそうでなければならないのか、その理由をきちんと説明できる人は、それほど多くはないのではなかろうか。もちろん、教科書に書いてある、学校で習った、偉い先生が言っていたでは説明にならない。「光行差」や「年周視差」と言った概念に言及する必要もあり、案外ハードルは高い。

 紀元前のギリシャでは地球が球形であることが知られており、大きさも測られていた。そればかりか、月や太陽の大きさや距離までも計測されている。太陽はあまりにも巨大であることから、太陽こそが中心であり、地球がその周りを回る地動説が妥当であるとさえ考えられていた。

 地球が太陽の周りを公転していると、年周視差なる現象が観測されなければならない。それを検知する努力がなされたものの、検出はかなわず、その結果、やはり地球が中心であると結論づけられ、結局、いわゆる天動説が支持されるようになった。

 結果的には誤った結論となってしまったが、今日で言うところの科学の手法に即した論理的帰結であり、決して信仰などに基づく一方的な強要ではなかった。当時の測定における技術的な限界に遮られてはいるものの、科学的な理解の道筋としては十分妥当なものだと言える。

 しかし、その後の西欧の歴史では、科学の根源である合理的な理解の手順が放棄され、知識としての天動説が無批判に「信仰」されることになる。そして、科学の発展は長期間にわたって停滞する。コペルニクスを経て、ガリレイやケプラーによって地動説がより合理的であることが改めて示されるまでには、さらに千年以上の年月が必要であった。

 地球が太陽の周りを動いていることを示す観測的証拠となる光行差が検出され、地動説が直接的に証明されるのは18世紀になってからである。検出されない故に、ケプラー以降でさえも地動説を支持する根拠となっていた年周視差が計測されたのは1838年のことである。宇宙の広がりがあまりに大きく、それまでの技術では検出できなかったのであった。

 現代は科学を前提とした世界である。先人による科学的な理解の成果は膨大な知識として蓄積され、学校でもたくさんのことが教えられている。しかし、応用や試験問題に答えるためだけの知識ばかりが偏重され、合理的に物事の本質を理解する本物の科学の手法が軽視されるようになってきてはいないだろうか。科学的な理解の過程がおろそかになれば、誤った主張や説を無条件に信仰する時代がまたやってきかねない。丸暗記の知識は決して科学とはなりえない。注意が必要である。



県立ぐんま天文台観測普及研究員 橋本修 前橋市大友町

 【略歴】東京都出身。東京大理学部天文学科卒。理学博士。成蹊大工学部助手、東京商船大非常勤講師などを経て、1999年から現職。群馬高専非常勤講師。

2017/03/20掲載