文字サイズを変更する
小
中
大
 

三山春秋

2017/09/03【三山春秋】 森鴎外は1882(明治15)年、陸軍軍医副として徴兵検査の立ち会いのため関東地方…

 
 ▼森鴎外は1882(明治15)年、陸軍軍医副として徴兵検査の立ち会いのため関東地方などを巡り、その際、現在の太田市にも立ち寄った。中心街の旅館に投宿したことが、日記「北游日乗ほくゆうにちじょう」に記されている

 ▼同市に生産拠点を置くSUBARUは、全国大会優勝経験のある硬式野球部や17年連続でニューイヤー駅伝出場の陸上部など、本業以外も注目を集める

 ▼かつて演劇部もあったことは、ご存じだろうか。発足は1954(昭和29)年。翌年の第1回公演は鴎外の太田来訪にちなんで小説「高瀬舟」を演じている。会場の太田小講堂に観客が入りきらないほど盛況だったそうだ

 ▼創設メンバーの富沢公晴さん(84)によると、活動は70年代後半まで続いた。自前で舞台セットを製作し、俳優座から演技を習ったり、衣装を借りたりして公演。劇団四季の浅利慶太氏からも指導を受けるほど本格的だったという

 ▼そのOBとOG約30人がこの夏、同社雄飛荘で久々に顔を合わせた。昔話に花を咲かせる様子は、明るく元気いっぱい。輝きを失わないのは、演技者の情熱を今も持ち続けているからか

 ▼全日本アマチュア演劇研究大会にも出場していたというから、実力も伴っていたのだろう。演じる姿を想像してみる。さぞ華やかだったに違いない。彼らの舞台が映像に残されていないことが惜しまれる。