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三山春秋

2017/08/15【三山春秋】 終戦の日を迎えるたび、疑問に思っていた。第2次世界大戦での民間人を含む群馬県…

 
 ▼終戦の日を迎えるたび、疑問に思っていた。第2次世界大戦での民間人を含む群馬県戦没者数のことだ。県は長く「5万5550人」と公表していたが、2006年から「約5万人」に改めている

 ▼尊い犠牲者を約の人数でくくるのは、どこか釈然としない。隣の栃木県は4万1817人、埼玉県は4万8453人と特定している。それとも従来の5万5550人に誤りがあったのだろうか

 ▼1963年に始まった県戦没者追悼式は今日で55回を数える。不思議と5が並ぶ巡り合わせに触発されて事情を聴くと、戦争のもたらした混乱の大きさを見つめざるを得ない

 ▼県の説明では、戦没者数は74年にまとまった「群馬県復員援護史」などによるが、その後の検証で日清・日露戦争と重複している事例があった。戦後の病死では、戦争との関係をどう捉えるか人数の特定が難しいという

 ▼戦没者数の表し方に明確な基準はなく、数の明示には慎重な考え方がある。市町村の戦没者数を見ると、前橋市6938人に対し、高崎市は「5600人前後」とさまざまだ

 ▼事実を整理できないもどかしさを抱えたまま、全国で「約310万人の戦没者」(厚生労働省)を悼む。記録された命も、記録されない命のことも、忘れることはできない。数えられない、数えきれない無念さを思って、静かに手を合わせる。