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三山春秋

2017/08/18【三山春秋】 足尾銅山の鉱毒問題解決に一身をささげた田中正造の「終焉の地」に記念碑が建立され…

 
 ▼足尾銅山の鉱毒問題解決に一身をささげた田中正造の「終焉しゅうえんの地」(栃木県佐野市)に記念碑が建立され、6日に除幕式が行われた。碑文に「真の文明ハ山を荒らさず川を荒らさず 村を破らず人を殺さざるべし」と正造の言葉が刻まれた。鉱毒問題で旧谷中村(同栃木市)住民に移住を強いる時の政府に対し、「これが文明か」と訴える怒りが伝わってくる

 ▼1913年8月、正造は河川調査で谷中村へ向かう途中、立ち寄った庭田清四郎宅で倒れた。胃がんが悪化して着物の帯を締められないほど弱っていたが、病床に就いた後も「谷中村へ帰らねば」と、村への思いを口にした

 ▼知らせを聞いた谷中村から次々に住民が駆け付けた。「今、田中さんに逝かれちゃ、これから真っ暗闇だぁ」と回復を祈った

 ▼療養を支えた庭田家も生活は苦しかったが、非常用の米やみそを提供し、詰めかける関係者の食事や洗濯、見舞いの応対もこなした。正造は1カ月後の9月4日に死去した

 ▼清四郎のひ孫にあたる隆次さんは「曽祖父は田中さんのお世話ができて感慨無量だった。私も誇りに思い、語り継いでいきたい」と記念碑完成を祝う

 ▼失言やスキャンダルで停滞感漂う昨今の政界で、人々とこれほど心を通わせる人物がいるだろうか。命が尽きるまで民衆とともに生きた正造の言葉を心に刻みたい。