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視点オピニオン21

科学研究の根拠 標本の保管、継承を

県立自然史博物館学芸員 高桑祐司
 
 前回紹介した富岡のヤベオオツノジカの発見と同じ頃、滋賀県でも動物の骨の化石が見つかった。富岡と同じように同定結果の巻物が残されたが、こちらは「龍(りゅう)」の骨だとされた。幸い、滋賀県の化石もオオツノジカのように現存している。今は国立科学博物館に収蔵され、その後の研究でトウヨウゾウという絶滅したゾウの仲間と分かった。

 明治初期、滋賀県で見つかった化石を近代科学の手法で研究したのはドイツから来たお雇い外国人のナウマンだった。ナウマンは論文にゾウのほかにシカの頭骨があることを書いていた。二十数年前、大学院修士課程にいた私がシカ化石の研究をしていた時、国立科学博物館の収蔵庫でトウヨウゾウは見たが、そのシカの頭骨は確認できなかった。同定結果の巻物(龍骨図と呼ばれる)にシカの頭骨らしきものが描かれていたことから、化石が実存した可能性はかなり高く、ずっと心の隅に引っかかっていた。

 それから約20年後、私は企画展の資料調査で東京大学総合研究博物館を訪れた。その時、同館にナウマンが作製させた化石レプリカが保管されていることを知り、早速見せてもらった。すると滋賀県のトウヨウゾウのレプリカの中に、産地名を記した紙が添えられたシカの頭骨が私の視界に飛び込んできた。と同時に少し気にかかることもあった。

 後日、国立科学博物館でシカ関係の化石を改めて調べた。すると産地不明になっていたシカの化石がレプリカの原型だったことが分かった。かつて見ていたものの、産地不明のために観察対象から外していたのだった。産地不明の経緯を調べると、第2次世界大戦末期に上野の国立科学博物館が軍に接収された際、標本類が裏庭に捨てられたことがあり、戦後の再整理作業でも産地などのデータが記された標本ラベルが見つからず産地不明とされたらしい。とはいえ、産地情報を伴ったレプリカの発見を端緒に、トウヨウゾウと一緒に見つかったシカ化石は、絶滅したカズサジカに近い仲間だと分かった。このシカは中之条町でも化石が見つかっている。

 富岡や滋賀県で化石が見つかった頃は、近代科学がほとんど知られていなかった。そうであれば、化石を「龍」の骨だと思うのは当たり前で、富岡の化石を大型のシカ類だとした幕府の侍医の同定結果の方が例外であろう。ただし、当時の科学の状況を議論できるのは、化石のほか発掘や調査の記録が今も保管され、検討できるからにほかならない。客観性や再現性が必要な現在の科学では、研究の根拠・証拠を残すことが必須だ。自然史博物館と聞くと「展示」が思い浮かぶかもしれない。しかし同時に、生物学や地球科学に関する根拠や証拠である標本の保管と未来への継承という、地味だが重要な役割も担っているのである。



県立自然史博物館学芸員 高桑祐司 富岡市上黒岩

 【略歴】東京都出身。横浜国立大大学院、茨城大大学院修了。理学博士。県教委自然史博物館建設準備室を経て1996年の開館から学芸員。古脊椎動物の化石を研究。

2017/03/15掲載