県内には多くのシンガー・ソングライターがいる。私の夫もその一人。夫の楽曲の中に、10年以上前に書かれた「ポイステーション」がある。今回はこの曲に込められた思いから、ポイ捨てと住宅事情について考えたい。

 あなたの目には、この世界がどんなふうに映っているだろうか。できれば、どの人にもきれいに、そして楽しく映ってほしい。しかしきっとそんなことは無理なのかもしれない。なぜなら、そこら中がごみだらけだからだ。そして、この地球上には何十億人もの人間が同じ時間の流れの中にいるのに、どうして「寂しい」という言葉が今もなくならないのか。人の間に流れる空気を読み、人との距離を保つための礼儀やマナーばかりを身に付け、それでも顔の見えない相手には攻撃的な言葉をいとも簡単に投げつけることができてしまう。それはまるでポイ捨てのようにも感じられる。それらに共通して言えることは、「悪いことほど連鎖する」ということではないだろうか。

 「ポイステーション」はこんなことを歌っている。

 なぜポイ捨てが気にかかったかというと、私の日常に「初めての出産」という大きな変化が起きたことと、「住宅でも同じことが言えるのではないか」と思ったからだ。

 妊娠が分かってから、体づくりのために夫や愛犬と散歩に出ることが多くなった。草花の変化や、鳥や野良猫など動物の足跡に気付くようになった。道端に落ちたドングリが芽を伸ばして育っていく変化を、毎回観察して歩くのも日課のようになった。

 のんびりとした時間は心身を癒やしたが、同時におびただしい量のごみが捨てられていることにも気付くようになった。

 集積場から飛んだごみやカラスに荒らされたごみも目に付くが、それよりも、明らかに故意に捨てられたごみの量に驚かされた。そうした現実を目の当たりにし、私は「生まれてくる子どもと、こんなに汚い道を散歩したくない」と感じた。

 同じことが住宅事情にも言えると思った。世の中に空き家が増え続けているということ。それは住宅自体もポイ捨てされているからではないだろうか。主を失った家は、カラスに荒らされたごみ袋のように人々に嫌がられ、動物に荒らされながらただ朽ちていくしかないのだろうか。

 「ポイステーション」の内容には続きがある。それは、「捨てられたごみを拾う一人の姿を見て、手に持ったごみをしまう誰かも必ずいる」ということだ。

 あなたは大切な誰かに、この世界をどんなふうに見てほしいだろうか。美しく面白い世界だろうか。それとも温かく優しい世界だろうか。一人一人が思いを行動に移し、良いことも連鎖していく世の中へと変えていきたい。

 【略歴】保育士として働き、結婚を機に桐生に移住。2020年に設立した合同会社の一員として、古民家を改修した貸しスペース「仲町はなれ」の運営などに携わる。

2022/4/30掲載