茂呂町1丁目の屋台の前に立つ(左から)丸橋さん、高木さん、村田さん

 伊勢崎市茂呂町1丁目に伝わるその屋台は、巨大な屋台庫の中に眠っていた。江戸末期の製作で、上部の複雑な彫刻が美しい。茂呂地区屋台囃子(ばやし)保存会連絡協議会長の高木淳雄さん(67)は、出番を待つ地元の屋台を感慨深そうに見つめた。

 同地区の茂呂町1丁目と2丁目、南北千木町、美茂呂町、茂呂南町の五つの屋台は2010年、市重要有形民俗文化財となり、屋台囃子は13年に市重要無形民俗文化財に指定された。

 製作から200年近くたつ屋台はそれぞれ彫刻や床が傷んだり、傾いたりしていた。次世代に引き継ぐため、同協議会関係者らでつくる市文化遺産活性化委員会が文化庁の補助を受け、18年から3年がかりで5台を修復した。事業費は計約1800万円に及んだ。「屋台あってのお囃子(はやし)。屋台を残さないと伝承もできない」と高木さんは修復の意義を語る。

 屋台やお囃子によって地域の結束を強め、子どもたちに郷土への誇りを持ってほしい―。そんな願いから修復完了後の20年夏、地域の「水神宮祭」で、よみがえった5台をお披露目する計画だった。5台が一堂に会したことは一度もないという。

 だが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で水神宮祭は20、21年と2年続けて規模を縮小せざるを得ず、各町内での発表や演奏の動画撮影にとどまった。

 コロナ禍は太鼓やかねを鳴らす子どもたちの発表の場だけでなく、囃子を教える機会も奪った。本来なら小学校入学前後に習い始め、徐々に上達していく。大人になって、今度は教える側に回ることで文化を継承してきた。

 南北千木町屋台囃子保存会長の丸橋良一さん(74)は「子どもたちに教えないと途絶えてしまう」と危機感を抱く。美茂呂町屋台囃子保存会長の村田利雄さん(70)も「自分の住む地域に立派な屋台囃子があることを知ってほしい」と願う。

 協議会は日程調整を重ねて昨年11月、小規模ながら、修復完了を祝う式典をようやく開催。統一のはんてんを作り、連帯感や士気を高めてきた。

 「今年こそ」。高木さんは力を込める。8月の水神宮祭は、5台の屋台を集結させる方向で関係者が調整している。子どもたちへの指導にも熱が入るだろう。小気味いい囃子の音色と屋台の迫力。地域の伝統が再び輝く日はそう遠くない。