前橋文学館前に立つ萩原朔太郎像
清家雪子さんの「月に吠えらんねえ」の世界が表現されている前橋文学館4階
「文豪とアルケミスト」に登場するキャラクター、萩原朔太郎(c)2016 EXNOA LLC
リーディングシアターのけいこに臨む出演者ら=4月16日、前橋文学館

 前橋市出身の詩人、萩原朔太郎(1886~1942年)は11日、没後80年を迎える。前衛的な作品や苦悩する詩人としての生き方は現代の若者たちの心にも響き、近年は漫画や楽曲などに取り上げられている。「日本近代詩の父」が残した文化遺産は新たな形で次世代に継承されつつある。

 口語自由詩を確立した朔太郎。刊行当初から反響を呼んだ第1詩集「月に吠(ほ)える」(1917年)は、一つの“事件”とも位置付けられている。

 インターネットを中心に活動する男女2人組のバンド「ヨルシカ」は昨年、「月に吠える」をオマージュした同名楽曲を発表した。

 〈路傍の月に吠える/影一つ町を行く〉で始まる曲のミュージックビデオは、動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開され、これまでに750万回以上再生されている。

 作詞作曲を手がけるコンポーザーのn―buna(ナブナ)さんは、朔太郎作品は初期の詩集を中心に他者、読者へ問いかける要素が少なく、極めて個人的な詩表現が多いと指摘する。

 「自分が感じた不安や恐れなど、『私感情』が多様なメタファー(比喩)に置き換えられて幻想的な情景を作り出している」とナブナさん。「他人に伝えることを求め過ぎず、どこか独り言のようでもあるからこそ、現代のわれわれを捉えて離さない魅力が朔太郎の詩にあるのでは」と語る。

 朔くん

 朔太郎が生きた近代日本文学界は漫画にもなった。清家雪子さんの「月に吠えたンねえ」は、漫画アプリ「パルシィ」で連載中。2013~19年に雑誌「アフタヌーン」(講談社)で連載した「月に吠えらんねえ」の続編で、朔太郎や北原白秋の作品に着想を得た「朔くん」「白さん」といったキャラクターが登場する。フィクションだが、史実に残る作家のエピソードがベースにあり、本編で出番のなかった文学者のキャラクターも登場している。

 前橋文学館は17年に「月に吠えらんねえ」展を開催し、18年も朔太郎と芥川龍之介の2人を取り上げた企画展に合わせて同作を展示した。清家さんのファンら多くの女性の来館に結び付いたという。若い世代と朔太郎をつなぐきっかけとして、同館は企画展示の一部を4階に常設化し、漫画作品のパネルや清家さんの執筆の様子の動画などを紹介している。

 アプリ

 人嫌いで、人の多い場所へ行きたがらないが、孤独は嫌い。詩に対して高い理想を持ち、追求し続けている。詩のこと以外に頓着しないため寝癖がついていたり、靴の左右が逆だったり。

 シミュレーションゲーム「文豪とアルケミスト」は、朔太郎をモデルにしたキャラクターをこんな性格に設定。太宰治や芥川など近代文学者らを転生させ、本の世界を破壊する敵と戦うゲームで、スマートフォンアプリなどで遊ぶことができる。声優の野島健児さんが朔太郎の声を担当し、若い世代が朔太郎に関心を持つ入り口となっている。

 こうした新たな取り組みについて、朔太郎の孫で前橋文学館長の萩原朔美さんは「閉塞(へいそく)感や孤立感、未来に明るさを感じられない時代。朔太郎の詩語に共通の気分を感じ取り、歌や漫画などの表現に取り込まれているのかもしれない」と分析。「言葉が軽く、リアリティーがなくなっている現代の状況に、詩人の言葉を再検討し、再発見する今の動きはとても良い」と意義を語る。

14日、前橋で朔太郎忌 「月に吠える」焦点 全国連携展や記念映画

 人的交流だけでなく、詩や音楽、写真まで幅広い文化芸術活動に力を注いだ萩原朔太郎。その姿を浮かび上がらせ、顕彰する活動は萩原朔太郎研究会などを中心に生誕地の前橋で続けられてきた。没後80年の今年は全国の文学館などが一斉に企画展を行う「萩原朔太郎大全」が開かれるほか、記念映画「天上の花」の公開も決まっている。時間的、空間的な広がりの中で新たな朔太郎像が立ち上がりそうだ。

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 命日に合わせて例年5月に行われてきた「朔太郎忌」は今年で50回目。第1詩集「月に吠える」の出版に焦点を当てる。日本近代文学研究者の川島幸希さんと詩人・作家で朔太郎研究会長の松浦寿輝さんの対談、刊行に至るまでを題材にしたリーディングシアター(朗読劇)を行う。

 同詩集は内務省の検閲で2編が削除された経緯がある。初版本収集家でもある川島さんは昨年、希少価値の高い初版無削除版を市に寄贈した。対談は文学者にとっての初版本について語り合う。

 リーディングシアター「さんにんふたくみ」は俳優の東出昌大さんが朔太郎役。北原白秋や室生犀星、詩集出版に携わった版画家の恩地孝四郎、田中恭吉らとの関わりを通して詩集出版までの紆余(うよ)曲折を描く。

 演出と脚本は劇団ザ・マルク・シアター主宰の生方保光さん。「朔太郎に興味を持ってもらいたい。コロナ下だからこそ、文化を絶やさないよう頑張りたい」と意気込む。

 「朔太郎大全」は10月~来年1月、朔太郎ゆかりの文学館や美術館が独自の展示やイベントを行う。全国一斉に1人の文学者を取り上げる企画は珍しく、全国の約50館が参加を予定している。

 映画は朔太郎の長女で小説家の故萩原葉子さんの小説「天上の花―三好達治抄―」が原作。朔太郎の弟子の三好達治と、朔太郎の妹をモデルにした慶子の愛憎を描く。三好役はリーディングシアターにも登場する東出さん、朔太郎は名バイプレーヤーとして知られる吹越満さんが演じる。今年冬から全国で順次公開される。

 【メモ】第50回朔太郎忌「謎めぐり『月に吠える』の事件簿」は14日午後1時半から、前橋市の昌賢学園まえばしホール(市民文化会館)で開催。入場料千円。定員600人(自由席)。チケットは前橋文学館窓口で購入するか、申し込みサイトから予約して当日支払う。問い合わせは同館(☎027-235-8011)へ。