▼初夏になるとカゲロウの羽化が本格化する。水中にすむ幼虫はさなぎにならず、羽化して亜成虫となり、飛び立ってからもう1度脱皮して成虫になる。羽化が始まると、水面を流れるカゲロウをヤマメやイワナが盛んに捕食する

 ▼水生昆虫を模した毛針を使った日本古来の釣りを「テンカラ」という。語源は不明だが、山奥でイワナを釣り、温泉宿に卸していた職漁師に由来する釣り方だ。かつて本県でも奥利根や尾瀬などを縄張りとする職漁師がいた

 ▼そんな釣り師に伝わるイワナの人魚伝説がある。顔は人間と同じで、「あかんべえ」をしたときの顔をしている。名人と言われる職漁師はいつの日かこの人魚を釣る

 ▼釣り上げたらそれは魚がもう自分たちを釣らないでくださいと言っているしるし。人魚を釣ったら引退するのが習わしで、逆らうと大変な災いがあるという(朔風社『岩魚幻談』)

 ▼本当にそんな魚がいるのか。専門家に聞いたら「アユでもヤマメでも上あごが欠損して人の顔に見える奇形はよくある」と言われた。生育環境の影響か、遺伝的な理由かは分からない。ただ餌を上手に取れないために淘汰とうたされ、大きくなるまで育つのはまれらしい 

 ▼筆者も渓流釣りをするが、名人にはほど遠い腕前なので人魚に会うことはなさそうだ。ただ夕闇が迫るなかで釣りをしていると、ふとこの話を思い出して気味が悪くなり、帰路を急ぐのである。