入り口で出迎える(左から)大森隆博さん、典子さん、綾香さん、崇馬さん

 「おはようございます」―。温泉旅館「和心(なごみごころ)の宿大森」(渋川市伊香保町伊香保)の朝食会場のあるフロア。エレベーターの扉が開くと、会長の大森隆博さん(66)は親しみを込めて、宿泊客の名を呼びかけた。手指消毒を促し、席に案内する。スローガンに「親切さ伊香保で一番!」を掲げて接客してきた同館の、いつもの朝の風景だ。

 同館は人力車業を手がける「大森組」として1882年に開業し、1919年に旅館業に転換。2019年秋、100周年を迎えた。

 さらなる飛躍を期した直後、新型コロナウイルス感染拡大に見舞われた。緊急事態宣言が発令され、1カ月休業。その後、県の「愛郷ぐんまプロジェクト」や市の「ほねやすめプラン」といった旅行補助を受けて、“致命傷”を負わずに済んだものの、感染対策をしながらの営業に得意客から「前と違う」と指摘を受けるなど苦戦を強いられた。

 伊香保温泉全体も、19年に106万人だった年間宿泊者数は20年に67万人、21年は54万人程度に落ち込んだ。だが、逆境のさなか、隆博さんは「挑戦意欲が今まで以上に湧いてきた」という。出迎えからチェックアウトまで200項目にわたる独自のチェックリストを作成し、感染対策を徹底する一方で、親しみやすさを感じてもらえるよう工夫を凝らした。

 その一つが、妻で女将(おかみ)の典子さん(57)が食事メニューに添える手書きのメッセージ。隆博さんも宿泊客とコミュニケーションをとる機会を積極的につくり、サービス向上の糸口を探った。

 従業員の意識向上にも取り組んだ。全従業員で共有する行動指針を作成。資格試験「日本の宿おもてなし検定」に挑戦し、2級に4人、3級に13人が合格した。こうして少しずつ磨いた接客サービスが宿泊客から喜ばれ、インターネットの予約サイトの口コミで高評価を獲得。昨年はJTBの「2020年度サービス優秀旅館・ホテル」に選ばれた。

 「宝石箱のような宿」が2人の目指す旅館。宿泊客に感動してもらい、思い出づくりに一役買うための労はいとわない。長男の崇馬さん(31)が後継者として妻の綾香さん(30)と共に修業中で、隆博さんは「はかりで測れないもの」を大切にする姿勢を折に触れて伝えている。モットーの「親しみやすくあったかで『心和む宿』」の精神は代替わりしても、しっかりと受け継がれていく。