大学院生活を米国で過ごしました。勉強が特別好きだったわけではなく、ハロウィーンや感謝祭などの行事を本場で経験してみたいという単なる憧れからの留学でした。大学院進学は想定外で、勉強についていくのに必死でした。留学生活で学んだことは山ほどありますが、今の自分の考え方に大きく影響していることが二つあります。

 一つは、とにかく「ダメもと」でも挑戦して前に進んでみることです。ありきたりと思われそうですが、米国では生活にこの考えがしみ込んでいることがよく分かります。

 渡米前、私は日本の大学を卒業してから数年たっていたことと、別の分野を学んでみたいという思いから、4年制大学への編入を考えていました。ただ渡米してみると、既に大学を卒業しているならなぜ大学院に行かないのかという流れになり、条件付きでしたが入学許可があっさり出ました。これはとにかく前に進むことを良しとする米国文化の表れだと思います。

 挑戦すれば容赦なく失敗も襲ってきますが、失敗に対するフォローも素晴らしかったです。これは教員となった今、見習いたいことです。

 例えば院生時代、研究費をもらうために膨大な時間をかけて申請書を書いたものの不採択となり、かなり落ち込んだことがありました。その時、学部長から「申請したことが評価に値する。申請しなければ可能性は0%なのだから次からも申請するように」という内容のメールが届きました。

 実際、今こうして研究職に就いてみると、論文や研究費の申請書は「落とされる」ことの連続です。でも落ち込むのは1日くらいで、次はどれに申請しようかと気持ちを切り替えられるのはこの先生のおかげかもしれません。

 もう一つ学んだことは、人々の社会生活において肌や目の色が多大な影響を及ぼすということです。これは残念ながら前向きなことではありません。

 少し前に日本でもBLM(Black Lives Matter)運動が話題になりましたが、米国における人種差別は根強いものです。私もアジア人や外国人であるということでアパートを借りられなかったり、大学の事務ですげない対応をされたりしました。国際化でヒト、モノ、カネが動いたとしても、人々の心まではまだ追い付いていないのかもしれません。

 私自身は今、日本で生活する上で自分の肌の色を意識することも、普通の生活をするのに他の人の何倍も労力を要することもありません。しかし、これは皆にとって「当たり前」ではなく、自国民として守られているからにほかなりません。

 増えている外国人住民の方たちがさまざまな不便を感じているであろうことを頭において、行動しなければならないと考えます。

 【略歴】専門は観光人類学。2020年から現職。大泉町のブラジルタウンや富岡製糸場も研究対象にする。徳島県出身。米・テキサスA&M大大学院博士課程修了。

2022/5/13掲載