バナナを押し込む

 23日朝の富士急ハイランドでは、他のエイドの3倍近い50分休んだ。あらかじめ預けておいた自分の荷物(ドロップバッグ)を受け取り、Tシャツを着替え、リュックに入れる食料を補給した。

 そして用意されたクリームパンやバナナなどを少しずつ口に押し込む。100キロを超えるようなレースでは、内臓が揺れ胃腸もダメージを受け、食べ物を体が受け付けなくなることがある。とはいえ吐き気をこらえてでも、カロリーを取らなければ走れない。練習不足で右ひざにもかなりの痛みがあった。

 「もうやめるか」とも思ったが、参加資格を得るまでの準備期間や中止の2年を含めこの舞台に立つために5年費やしていた。迷っている目の前を、同じように疲れ切った選手たちが腰を上げ走り出していく。その様子を見て継続を決めた。残り70キロ。

ぐんまちゃんも応援

 エイドを出て間もなく、ぐんまちゃんのかぶり物姿のボランティアスタッフに遭遇した。「まさか群馬から?」と声をかけると「前橋なんです」「頑張ってください」と背中を押され、気持ちが上向いてきた。

ぐんまちゃん姿で応援するボランティアスタッフ

 大会は多くのボランティアに支えられている。エイドやコース上の分岐点はもちろん、山中にテントを張って夜通しコース上に立ち続ける人もいる。

 ご当地の食が提供されるエイドも魅力だ。B級グルメとして知られる富士宮焼きそばや吉田うどんも振る舞われた。豚汁やおにぎりもあった。こうした食を夜通し作ってくれるのも地元のボランティアだ。真夜中でも家から出てきて路上で声をかけてくれる住民や、不特定多数の応援のためだけに山に入って声を張り上げ続ける人もたくさんいる。応援に来てくれた地元のランナー仲間にも会えた。

B級グルメの富士宮焼きそばを作るボランティア
各エイドではバナナやパン、水などが提供される

ふんの上で仮眠

 いくつかの山を越えた23日昼過ぎ。山梨県忍野村で眠さが限界になり、次のエイドで芝生の上に横たわり30分仮眠した。腕時計のアラームで起きると、体の下はころころと丸いシカのふんだらけ。あまりの眠さに気付かなかったが、驚く気力も残っていない。

 ただ、眠気は解消した。残り50キロあるものの、全体からすればレースは終盤だ。脚の痛みと胃腸の不調は変わらないが、「もうすぐ終わり」と心に言い聞かせる。

眠気に耐えて走りながら見た富士山。この後、仮眠した=4月23日午前11時20分ごろ、山梨県忍野村

 知らないランナー同士の交流も気持ちがまぎれた。「この坂はきついですね」「もう脚が限界です」「4月には暑すぎますね」「早くビールが飲みたいなあ」といった会話から始まり、居住地や好きな山といった話題になることもある。同じ旅をしている仲間、という感覚だ。

コース上でさまざまな表情を見せる富士山。絶景目当てで参加するランナーも多い=23日午後1時半ごろ、山梨県山中湖村