最後に来る最難関

 終盤と思っても、コースはここからが最もきつい。「いい加減にしてくれ」と叫びたくなるようなアップダウンを繰り返しながら山を登り続ける。息が上がるが、脚は上がらない。フラフラで登りきると、今度は一気に下りだ。

山中湖畔の7番目のエイドを通過すると、きつい登りが続く終盤に入る=4月23日午後3時半ごろ、山梨県山中湖村

 さらにコース最高峰の杓子山(1598メートル)が待つ。先行するランナーのヘッドライトの明かりが、山に光の列となっている。「ここを登りきれば完走が見えてくる」と思えるクライマックス。頂上には鐘があり、ランナーたちが打ち鳴らしていた。だが、息つく間もない激しい下り。疲れた脚ではブレーキがかからず、斜面も滑る。張られたロープをつかんでバランスをとりながらなんとか下りきった。

コース最高峰の杓子山に挑む。先行する選手のヘッドライトが山の斜面を照らす=4月23日午後8時20分ごろ、山梨県都留市

 山を下りると9番目となる最後のエイドだ。23日午後10時38分。エイド名物の吉田うどんを食べ、体が冷えないうちに出発した。スタートから31時間、残り15.5キロ。

最終9番目のエイドでご当地グルメ吉田うどんを補給。ゴールに向け最後の山に向かう=4月23日午後10時40分ごろ、山梨県富士吉田市

34時間半の旅路

 最後の山の長い登りを終えると、眼下に街の明かりが見えた。その先にはゴールの富士急ハイランドがある。下りを終えて最後数キロは道路を走る。夜中の道路にはランナーと誘導員以外誰もいない。

 あれほど苦しんだ道中だったが、間もなく終わると思うと、うれしさや寂しさ、この何年かのトレーニングなど思いが複雑に混ざり合った。ほかのランナーたちも感慨深く、踏みしめるように走っていた。

ゴール会場の入り口のゲート。長かった

 スタートからおよそ34時間半後の24日未明、ゴールした。続々とランナーがやってくる。約160キロ、トータルの登り約6500メートルの旅路を自分の脚で進んできたランナーたちの表情は、「生の実感」にあふれていた。

真夜中にやってくるランナーにも、一人一人にゴールテープが待つ。表情は生きている実感にあふれていた=4月24日午前2時40分ごろ、富士急ハイランド

※「UTMF参戦記 下」では大会の生みの親である群馬県桐生市出身のプロトレイルランナー、鏑木毅さんのインタビューを掲載します。