「療育につなげられることは何も言えなかった」と語る山崎さん。発達障害の可能性を保護者に伝えるハードルは高い

 「私の保育経験では、発達障害児の感覚や考え方を十分に理解できない場合がある。接し方に困るときも多い。だからその場で専門家の助言がほしい。それに…」。県央地域の保育士、大宮絵理さん(59)=仮名=は、せきを切ったように悩みを打ち明け始めた。

特性に悩む保育士

 発達障害の特性は子どもによってさまざまだ。おもちゃに対する強いこだわりや衝動性、視聴覚過敏など個々人で異なり、1人で複数の特性を持つ。特性が現れる状況も、遊戯や昼寝の時間、保護者の送迎時などまちまち。他者を傷つける「他害」につながり、他の園児の安全性の問題にまで発展するケースもある。

 こうした発達特性の複雑さが、現場で園児と向き合う保育士を悩ませる。同僚に相談したり、研修や専門書で知見を深めたりする機会もあるが、それでも行き詰まるときがあるという。

 自治体の支援事業で、保健師や臨床心理士ら専門職の巡回相談もあるが、1年間に数回。大宮さんは「せめて毎月1回でいいから来てほしい。自分の接し方が正しいのかどうか分かるだけでも、自信につながる」と切実に訴える。

 園児の発達障害の可能性を保護者に伝えるのは、早期療育につなげる上で重要だ。だが、保護者が子どもの障害を受容できていない場合もある。保護者との信頼関係が崩れるのを恐れ、園児の発達の遅れなどをうまく伝えられず、悩む保育士は多い。伝える機会があっても年に数回。「それも保護者から相談があったときくらい」。ある保育所の園長はそう嘆く。

 東毛地域の保育士、山崎春さん(36)=仮名=は、積極的に療育を促す保育所に勤めていたときの苦い経験がある。ある園児の母親に発達障害の可能性を伝えたところ、「障害者のレッテルを貼るのか」と誤解されて関係が悪化した。その後、何とか信頼を回復できたものの、「療育につなげられることは何も言えなかった」と今も後悔する。

 発達障害の可能性を保護者に伝える際、トラブルを避けるため、第三者的な立ち位置の自治体が代わりに説明するよう求める保育関係者もいる。

 別の保育士は、保護者が子どもの発達の特性に気付かず、強く叱り、親子関係が悪化するのを見て胸が痛んだという。似たような状況を目にするたびにこう願う。「これを繰り返す負のループに陥ると、泥沼にはまって抜け出せなくなる。そうなる前に早く気付いて」

教室は「カオス」

 「カオス」―。県内の小学校教諭、田中友紀さん(37)=仮名=は、昨年度に関わった特別支援学級の雰囲気をそう表現する。

 勤務校は、発達障害を含む「自閉症・情緒障害」と「知的障害」の特別支援学級を一つの教室内に設けていた。発達障害の特性が強い児童と知的障害の児童が4人ずつ、同じ空間で学んでいた。田中さんは、同僚と2人で情緒障害と知的障害の学級をそれぞれ担任した。互いに連携、協力しながら指導を進めたが、それでも発達障害の特性に振り回されることが多かった。

 情緒障害の児童の特性は「対人関係が難しい」「気持ちを抑えられない」「じっとしていられない」など個々で異なる。こうした児童が何人も混在する環境はたびたび、無秩序状態に陥った。

 自閉症の児童が別の子に絵を破られて泣き叫ぶ。気を抜いた一瞬の隙に、衝動的な傾向のある児童が教室を抜け出し、学校の敷地外まで捜しに行く。はさみを友達に投げ付けようとした児童がいて、大慌てで止めたこともあった。常に目が離せず、休憩時間はあってないようなもの。トイレに行くのもためらわれた。放課後、職員室のいすに座るまで落ち着けなかった。

 根気強く児童たちに向き合っていても、トラブルが起これば、情緒、知的障害のどちらの学級も一人一人に寄り添った学習指導や支援が滞る。教諭2人では限界だった。

 「もう無理です」。教育委員会に現状を見てもらい、補助員の配置を求めた。だが、人員不足を理由に聞き入れられなかった。「文部科学省は(特別支援学級は)個別に寄り添った指導ができるというが、現実はできていない」と田中さんはこぼす。人員不足の改善を求める現場の声は少なくない。

 8人という特別支援学級の上限人数に疑問を感じる人もいる。県内の小学校教諭、樋口みのりさん(44)=仮名=は昨年度、勤務先の学校で情緒障害の学級を担任。低学年と高学年の計6人が在籍し、発達の特性や学校生活で抱える困難がそれぞれ違って苦労した。

 補助員も付いたが、個に寄り添った指導は理想の半分もできなかった。達した結論は「教員1人で指導できる限界は2~3人」だ。「情緒学級に通う発達障害の児童は確実に増えている。8人の枠では個別の特別支援教育は成立しない。通常学級の上限人数は35人まで減ったのに、特別支援学級だけ何十年も変わらないのはおかしい」

競争激しい療育業界

 理想の支援と現実の差に悩む療育従事者がいる。県内の佐藤瑞樹さん(38)=仮名=もその一人だった。「本当の療育でないと思った」。数年間勤めた放課後等デイサービス事業所を辞めた当時の心境をそう振り返る。

 数人規模の事業所で、小学生から高校生まで約20人が利用していた。簡単なルールの遊びをする集団療育や学習支援、生活スキルの向上に携わる日々。「一定レベルの療育はできていたはず」。佐藤さんは自負する。

 あるとき、事業所でタブレット端末を導入した。字を書くのが困難な子の学習支援にもつながるため、最初は良い取り組みだと思った。だが、施設経営者が「将来のIT化を見据えた支援をする」と宣言し、動画編集などの指導が始まった。この頃から、事業所の方針に違和感を覚えるようになったという。

 発達障害児は集団行動ができない、座って授業を受けられないといった困難を抱える。「将来への備えが大切なのは理解できるけど、動画編集の支援をしても、今抱えている困難は改善されない」。低学年の児童は編集作業ができず、その場にいて遊んでいるだけだった。職員が仕上げた作品を保護者に見せるように指示され、悩んだ末、退職を決意した。

 「大切なのは提供する療育が健全育成につながり、利用者も納得して選んでいること」。ある療育関係者は、政府が「療育の多様性」を認めている点を挙げ、こう語る。現状の困難の改善と自己肯定感を向上させる支援―。どんな形の療育でも、この二つが適切に行われていることが重要だと強調する。

 療育業界は放課後等デイサービスの事業者が急増して競争が激しい。提供する療育の種類も、音楽や運動、プログラミングなど多様化が進む。選択肢の拡大を歓迎する保護者も多い。ただ、前出の療育関係者は、提供する療育の質に差があり、発達障害児の問題行動を直させようとするタイプの事業所も増えていることを懸念する。発達特性で対人関係が困難な子に、相手の気持ちを理解する訓練をさせたり、同時処理が難しい子にメモ取りの練習をさせたりする事業所もあるという。

 発達障害児は、抱えている困難の原因が分からず、困惑している場合が多い。「でも、そこには目を触れず、周囲が期待する行動を身に付けさせようとする。それは療育ではない。子どもがつらいだけだ。現状の困難は何も改善されない。不登校などの二次障害につながる可能性もある」と警鐘を鳴らす。