▼「みすずかる」は信濃に掛かる枕詞(まくらことば)である。「すず」は森に生えるスズ竹(篠竹)で、「み」は接頭語。江戸時代に万葉集の誤読から広まったというが、美しい響きが山深い信濃に似合う。「みすゞ飴(あめ)」という長野県の銘菓はこの枕詞が由来だ

 ▼北信濃の山村で、農家の長男として生まれたのが俳人・小林一茶である。〈雀の子そこのけそこのけ御馬が通る〉〈痩蛙(やせがえる)まけるな一茶是(これ)に有(あり)〉などの句で知られる

 ▼幼くして母を亡くした。父が再婚して弟が生まれると継母から虐げられ、15歳で奉公に出された。長男が家を出されるのは異例で、後に遺産を巡り10年以上争った

 ▼中山道をたどってたびたび江戸と信濃を往復した一茶にとって、本県はなじみの場所だった。29歳で初めて帰郷する際は伊勢崎で利根川を渡り、〈時鳥(ほととぎす)我身ばかりに降(ふる)雨か〉と詠んでいる

 ▼46歳のとき、友人に会うため草津温泉へと向かった。1808(文化5)年5月25日に江戸をたち、27日は深谷宿から新町宿、高崎からは本郷まで馬に乗り、榛名山の麓へ。翌日は榛名神社、榛名湖、大戸を経て須賀尾宿。29日に草津に着き、旅館のあるじで俳人の雲嶺庵露白と18年ぶりの再会を果たした

 ▼道中は「草津道の記」にまとめられ、〈湯けぶりにふすぼりもせぬ月の貌(かお)〉の句で締めくくる。「ふすぼる」とは煙のすすで黒くなること。身も心も解きほぐす湯の心地よさが伝わってくる。