『豆腐百珍』は江戸時代に出された豆腐料理の専門書です。著者はペンネームで醒狂道人何必醇(せいきょうどうじんかひつじゅん)、実際は篆刻(てんこく)家の曾谷学川(そやがくせん)との説が有力です。

 一つの食材で百通りの料理を作る「百珍物」の先駆けとしてベストセラーになり、続編が出されるほどの人気でした。庶民に豆腐が一気に普及したきっかけとも言われています。今は現代訳され、写真が掲載されたものを手に入れることができます。

 同書は料理を六つの等級に分けて解説しています。日常的に食べられるような「尋常品」、一般に広く知られている「通品」、見た目にもこだわった「佳品」、一風変わった調理法で意表を突く「奇品」、珍しさと風味を同時に追求した「妙品」、豆腐の持ち味を知るための「絶品」と、読者を飽きさせない構成になっています。

 当時の人気の一つが「八杯豆腐」です。木綿豆腐を太いうどん状に長く切って汁椀に盛り、だし6、しょうゆ1、酒1の割合で合わせてひと煮立ちさせ、くずでとろみをつけた「八杯汁」を注ぎます。大根おろしをたっぷりのせたら出来上がりです。

 麺のようにツルツルとすすることはできませんが、だしとおろしが豆腐に絡み、箸が進みます。現代の豆腐は当時より柔らかめなので、水気を十分に切る必要があります。夏はめんつゆを合わせて冷たくしても良いでしょう。

 なじみの「豆腐田楽」も、定番の「木の芽田楽」をはじめ、バリエーション豊かなレシピが掲載されています。梅肉を裏ごししてのせた「浅茅(あさじ)田楽」、つきたての餅をのせた「繭田楽」、続編にもこしょうじょうゆをつけて焼いた「女郎花(おみなえし)田楽」、白みそとごま油を合わせて塗った「東雲(しののめ)田楽」など、再現しやすい料理が満載です。

 「がんもどき」として知られる「飛竜頭」や「香魚もどき」といった「もどき料理」も多く登場します。

 私のお気に入りの一つは「蜆(しじみ)もどき」です。水気をよく切った木綿豆腐を手で細かく崩し、箸でいりながらさらに水分を蒸発させます。シジミぐらいの大きさに引き締まったら、油を加えて表面がきつね色になるまで揚げ焼きします。最後にしょうゆと酒で味を付け、サンショウを散らして完成です。よく炒めた豆腐は貝のようなプリプリとした弾力があり、油のコクとサンショウの爽やかな香りが食欲をそそります。

 同書の序文には「我も彼も豆腐を料理し、これに舌鼓をうち、もって世に伝えひろめるならば、変・珍・化・奇、だんだんと珍しいものができ、ますます素晴らしく変化していく」と書かれています。煮る、蒸す、焼く、揚げる、と調理法を選ばない自由度の高い食材だからこそ、江戸の人々の粋な遊び心を参考に、皆さんそれぞれの創作豆腐料理を楽しんでください。

 【略歴】幼少期から豆中心の食生活を送り2013年に豆腐マイスターの資格取得。執筆活動・メディア出演などを通じて豆腐の魅力を伝える。前橋市出身。立教大卒。

2022/6/2掲載