島田さんから贈られた飯ごうを手にする武田さん(白泉社提供)

 太平洋戦争の激戦地ペリリュー島で戦い、生還した兄の持ち帰った飯ごうを史料に役立ててもらおうと、群馬県高崎市倉賀野町の島田儀一郎さん(95)が、同島の戦闘を描いた漫画「ペリリュー 楽園のゲルニカ」(白泉社)の作者の武田一義さん(47)に贈った。武田さんは「お兄さんの歴史が刻まれている飯ごうを、ペリリューを描いた僕に託したいと思っていただいたことは非常に光栄」と話している。

 島田さんは、兄の三次さん(故人)が終戦1年後に復員した際、同島で使った飯ごうを「いらない」と渡された。丈夫な砲兵だった三次さんはあばら骨が浮かんでやせ細り、腹だけ膨らんだ栄養失調のようで「歩くものは何でも食べた」と話したという。三次さんは戦後、旧国鉄に勤務したが戦争のことはほとんど語らず記録も残さなかった。

 「(飯ごうは)生き抜くために欠かせなかった道具で捨てるのに忍びない。でも、自分で持っていると苦しい生活がいつまでも頭を離れなかったのだろう」と島田さん。三次さんの生きる意思や戦争の歴史が刻まれていると感じて長年保管していたところ、4月17日付上毛新聞「週刊風っ子」で同漫画の存在を知った。

 島田さんは「飯ごうの物語を伝えてほしい」と作者の武田さんに白泉社(東京都千代田区)を通じて贈った。ロシアのウクライナ侵攻に戦時中の日本を重ね、「戦争の真実を知らなければ政府の言うことだけを信じる。日本も戦争の記憶が薄れており、心配だ。飯ごうを受け取ってもらえてありがたい」と話した。

 武田さんは16~21年に同漫画を雑誌「ヤングアニマル」で連載し、現在は不定期で「ペリリュー―外伝―」を執筆している。三次さんの存命中に会えていたら「島から生還するまでのいきさつをお聞きしたかった」と話す。

 戦地で使われた遺品の寄贈を打診された時は驚いたといい、保管の問題から博物館に託した方が良いのではと悩んだ。最終的に島田さんの意向をくみ、自宅で保管することにした。「この飯ごうが身近にあることで、自分の漫画の先に戦争を体験した方々がいることを思い出させてくれる。次の世代へ引き継いでいきたい」と力を込めた。