ブラジリアンプラザの壁に描かれたメッセージとサクラと「イペー」の絵=7日、大泉町

 「I ♡ OIZUMI」

 6月上旬、群馬県大泉町西小泉の町中にある「ブラジリアンプラザ」。縦3メートル、横15メートルの外壁に、サクラやブラジルの国花「イペー」とともにこんな文字が描かれた。

 

 プラザは1996年に開業した。「情報発信の場として再復活する第一歩になれば」。壁画プロジェクトの発起人の一人、橋本秀吉さん(58)は開業当時のにぎわいが忘れられない。なじみのコミュニティーは居心地が良く、現在住む横浜市から頻繁に足を運んでいる。日系人で、武道に魅せられて25歳でサンパウロから来日。もう、ブラジルよりも本県で過ごした歳月の方が長い。

 プラザには2018年、日系人の「デカセギ」の歴史を紹介する「日本定住資料館」が設けられた。ここに飾る物品や書籍を集めるのにも橋本さんは携わった。今は身寄りがない在日ブラジル人に向けた共同墓地のあっせんに奔走している。「二つの国に関わった人たちが、安心して最期を迎えられるように」と願う。

 この町に多くのブラジル人が暮らすようになったのは、90年の改正入管法施行がきっかけだった。住民たちは試行錯誤を繰り返し、共生の先進地を築き上げてきた。

 「こぢんまりして住みやすい。それでいて外国人の割合が高い。全国的に珍しい」。ブラジル人学校「日伯学園」=同町西小泉=を96年に設立した高野祥子さん(76)は、町についてこう評す。これまで千人超の子どもたちの教育に携わり、社会に送り出してきた。

 前身の日本語講座と合わせて30年余り。現場に身を置いて感じられる課題は変わっていないという。「母国語と日本語の習得が、どちらも中途半端になること」。「セミリンガル」の解消へ、模索を続けている。

 町内のブラジル人は4月末現在で4506人で、総人口の10.8%を占める。91年に初めて千人を超えた。09年に過去最多の5167人を数えたが、東日本大震災などで一時4千人を下回った。直近3年間は4500人程度となっている。

 町多文化協働課の笠松弘美課長は、町内には47カ国の外国人が住み、6割近くはブラジル人と指摘。「独自のコミュニティーをつくりながら、町に溶け込んでいる」と話す。

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 切っても切れない関係にある群馬県とブラジル。日伯の縁に導かれた人たちの今を追う。