県立自然史博物館の7月からの企画展は「宇宙への挑戦」というタイトルで、人類と宇宙を巡る過去・現在・未来を紹介します。私は1975年、小学5年生の時に大阪万博に行き、アメリカ館に行列して「月の石」を見た記憶が今でも鮮明に残っています。

 2011年3月11日の東日本大震災のおよそ1カ月後から、私は福島県いわき市や岩手県陸前高田市の博物館にボランティアで通うようになりました。博物館のがれきの中から標本や資料を選別する作業などを手伝っていましたが、次第に、避難所や学校で恐竜に関する特別授業をしてほしいという依頼が来るようになりました。

 8月に陸前高田市立米崎小を訪れ、6年生に、日本に恐竜がいたことが最初に確認できたのは1978年で、それは岩手県岩泉町で発見された「モシリュウ」の化石だったことなどを話しました。

 震災前、同市の博物館に「気仙隕石(いんせき)」が展示されていました。震災の時は茨城県の博物館に貸し出されており、津波の被害を免れました。8月に陸前高田市に返却されたため、教室で皆に隕石と再会してもらいました。

 私は「宇宙にはなかなか行けないので、たまたま地球に落ちてきた隕石をよく調べることで少しずつ宇宙のことが分かってくるから、小さな隕石も大切だ」と話しました。すると、子どもたちから「隕石が落ちてくるのを待っているのではなく、『はやぶさ』で採りに行けばいいじゃないか」という発言が次々とありました。

 昭和の小学生だった自分には遠い大国・米国の快挙のような宇宙でしたが、平成の子どもたちにとっては日本の科学の一つであることを実感しました。

 JAXAで「はやぶさ1」のサンプルリターンを担当していた山田哲哉さんは恐竜が好きで、私と知り合いでした。そこで、12年1月には米崎小と米崎中で山田さんによる「はやぶさ1」の特別授業が実現しました。

 5月22日の朝日新聞「折々のことば」で、「自分は知っていると考えるのは自惚(うぬぼれ)にすぎません。……自信は自分が何を知らないかというかたちで知っていることです」という、評論家・戸井田道三さんの言葉が紹介されていました。物事を知れば知るほど疑問はむしろ増えていき、科学者はその意味で「自分が何を知らないか」をよく知っていると説明されています。

 行って確かめることが難しい宇宙のことであれば、最前線でも分かっていないことの方が多いだろうことを、誰でも理解できるでしょう。

 企画展「宇宙への挑戦」をご覧いただき、宇宙の不思議はもちろん、分からないことを“発掘”し、少しでも理解しようとするため前進し続けるいろいろな科学と科学者たちにも、関心を持ってもらう機会になればと願っています。

 【略歴】専門は古脊椎動物。国立科学博物館副館長。多数の書籍図鑑の監修を担当している。東京都出身。英ブリストル大学大学院修了。博士(理学)。

2022/6/11掲載