自身が開拓した畑の前で自著を持つ堀さん

 食糧不足が深刻だった戦後、昭和村の赤城北麓地区にあった旧陸軍演習場跡で繰り広げられた農地開拓事業に13歳で入植した堀道雄さん(89)=同村糸井=が、自身や義兄らの開拓生活をまとめた回想録「赤城開墾『水が命』―戦後を生き抜く開拓者の記録―」を自費出版した。飲み水の確保にも苦労する中、必死にくわを振るい、荒れ地を耕した当時の苦難をありありと今に伝えている。

 同書はA5判108ページ。堀さん自身が手がけた回想記や数々の写真に加え、飲み水に乏しい土地に上水路を開通しようと心血を注いだ義兄の故、星野泰助さん(享年88)が生前に当時を振り返った手記なども収録している。

 堀さんは埼玉県川口市に生まれ、戦時中に片品村や旧利根村に疎開した。父、相之丞さんの経営していた川口市の鉄工所は空襲を受けて焼失し、一家は終戦直後の1946年、国の「緊急開拓事業」に応じ、開墾生活を始めた。

 回想録で堀さんは畑の開墾作業の様子に加え、生活をゼロから作り上げるつらく苦しい日々を書いている。食糧や水、住居も衣服もない中、木々や雑草の生える荒れ地で山菜を食べて飢えをしのぎながら、雨漏りのする小屋を建て、くわを振るう日々が続いたという。

 特に深刻だったのが飲み水の確保。当時は水路が無く、堀さんは自宅から2キロ離れた湧水池へ飲み水をくみに通った。土地全体を畑にするまでの約10年を「働くことが生き抜くことなのだと自分を励まして、ひと鍬(くわ)ひと鍬開墾に打ち込むことしか道はなかった」と記している。

 一緒に開墾に精を出した仲間の多くが世を去り、苦難を知らない世代に開墾の歴史を伝えることが「自分の役目だ」と出版を決意した。本の完成を受け、堀さんは「ほっとした。本に登場する人たちの生き方から、次の時代を担う若者たちが何か一つでも感じ取ってくれれば」と願っている。

 非売品。100部作成し、親族や沼田市立図書館などに寄贈した。