私が生まれた岩手県釜石市は、リアス海岸が大変美しい鉄と魚とラグビーの町です。1857(安政4)年、南部藩士の大島高任が日本で初めて高炉法の出銑に成功し、「近代鉄産業発祥の地」と呼ばれています。86(明治19)年に現在の釜石製鉄所が創業、1950(昭和25)年には富士製鐡の一員となり日本の近代化を支えてきました。

 しかし、高度経済成長期に鉄の莫大(ばくだい)な需要を満たすため、愛知県東海市に最新鋭の製鉄所が建設され、釜石製鉄所から東海製鉄所へと大規模な人員シフトが行われました。64(昭和39)年だけで745人、68(同43)年までの5年間に1678人の労働者が移りました。家族を含めると約5千人にもなり、当時の地元紙は「民族大移動」と表現しました。

 私の家族もその一員で、私が幼い頃に愛知県東海市の社宅に移り住みました。5千人ですから、その一角はいわば「リトル釜石」となり、愛知にいながら皆、釜石弁で生活していました。小中学生の時は釜石に帰省して祖母やいとこたちと会うことが何よりの楽しみでした。魚市場へ行って魚をタダでもらったことは懐かしい思い出です。そのせいか、今でもどこかの港町に行ってあの独特の匂いを嗅ぐと、活気ある釜石魚市場の光景がよみがえってきます。

 東日本大震災では母の実家の前の道に津波が押し寄せる映像をニュースで見て、言葉を失いました。叔母をはじめ、多くの尊い命が奪われたことは残念でなりません。大変つらく悲しい出来事です。

 話を元に戻しますと、一企業一工場の盛衰で町の風景が様変わりしてしまうのは実に寂しいものです。地元に根差した産業で町を盛り上げていけたら、どんなに素晴らしいことでしょう。

 私が今暮らしている玉村町では麦や米、野菜などが多く栽培されています。また、日本でも指折りの群馬県食肉卸売市場と、食肉の公的な職業能力開発校としては日本で唯一の全国食肉学校があります。この町は日本の中でも食肉に関して珍しい存在だと言えるでしょう。

 今年3月、法人個人合わせて71会員で「玉村町魅力発信機構」が発足しました(現在は72会員)。町の魅力度向上と地域振興を推進し、企業、飲食、歴史、文化、人、体験などさまざまなテーマを結び付けて新しい「地元の魅力発信」をしようという取り組みで、私も関わっています。ここでは町を「肉のワンダーランド」として打ち出しています。

 家畜を大切に育てて衛生的な肉を作り、おいしく調理し、それをいただいて笑顔になり、皆が健康で長生きする。そのためにも肉を学ぶ―。政治情勢や景気に左右されることなく、地元に根差した産業で皆が生き生きと暮らしていく、そのお手伝いができれば幸せです。



全国食肉学校学校長 小原和仁

 【略歴】全国食肉学校常務理事を経て2021年6月から現職。1級ハム・ソーセージ・ベーコン製造技能士。ものづくりマイスター。岩手県釜石市出身。東北大卒。

2021/10/30掲載