わが家には高校生の子どもが2人います。先日、その2人が別々の場面で母親にこう言ったそうです。「政治家って高学歴の人ばかりなのに、世の中が全然良くならないね」。全くその通りだと思いませんか。

 私はこの数年、気になっていることがあります。政治家が脅しのような一言でマスコミの質問をシャットアウトしたり、政治家が関係する事件や疑惑で、誰が見ても十分な捜査・調査が行われているとは思えない状況なのに、捜査や身内の調査終了を理由に国民に丁寧な説明を尽くさなかったりする姿勢です。

 認定こども園には基本的に年に1度、行政の指導検査が入ります。定められている子どもたちの健康診断や避難訓練は、実施記録がなければ行っていないものとみなされ、指導されます。ところが政治家は、記録がなくても当人が「やった」(あるいは「やっていない」)と言えば、「本人がそう言っているのだから…」という理由で、客観的な調べが簡単に打ち切られてしまうように見えます。

 国会の答弁や記者会見の受け答えを見ていても、結論を簡潔に「イエス」「ノー」と述べる姿はめったに見られません。遠回しな言い訳から始まり、最後は問われた内容とは別の話で終わるということもしばしばです。

 武士の時代であれば潔く自分の罪や失敗を認め、心を改めて出直すという方法が取られていたのかもしれませんが、今の政治家は自分の失敗を認めないばかりでなく、自分のやっていないことまで自分の手柄のように誇張する姿さえ見受けられます。少なくともテレビに出るような有名な政治家を見ていると、そう思わずにはいられません。もっとも、正直に自分の失敗を認めた人間を、さらにどん底までたたき落とさないと気が済まないような社会風潮があることも否めませんが。

 そういう大人たちを見ていると本当に情けなく、悲しい気持ちになります。だからこそ、私たちが関わる子どもたちにはしっかりと感性を育む環境を提供し、自分で感じ、自分の頭で考えられるようになってほしいと思っています。そして、その考えを他者と共有し、時には議論し、最終的に互いが納得した上で折り合いをつけながら生きていくすべを身に付けてほしいと願うのです。

 現在、国には子ども・子育て支援に関係する人たちが政策プロセスに参画する仕組みとして「子ども・子育て会議」があります。その地方版も設置されていますが、私はそれらが形骸化していると感じています。次代を担う子どもたちにどのように育ってほしいか。そのために大人には何ができるのか。今こそ、真剣に議論すべきなのではないでしょうか。



県保育協議会会長、赤城育心こども園園長 深町穣 前橋市柏倉町

 【略歴】2003年から園長。19年、県保育協議会会長に就任。いち早くこども園運営に乗り出したほか、地域子育て支援センターの運営に関わる。上智大法学部卒。

2021/10/24掲載