足尾銅山の鉱山そのものがあまり知られていないのに、なぜか公害のイメージだけは社会に根付いています。20年ほど前、銅山の歴史を新たな形で伝えようという動きが足尾で始まりました。歴史を学んだ住民が改めてその価値に気付き、自らこれを伝えようと動きだしたのです。

 まずは、銅山がわが国の近代化に貢献したことを、具体的に事例を挙げて積極的に評価するようになりました。次に、銅山の公害問題については「公害を止めたのも銅山」と説明し、解決の努力を評価するようになりました。

 嘆きではなく、批判への批判でもなく、自らの価値を自らの成果で示したのです。そして、ここには先人への感謝の気持ちが込められていました。この基本姿勢は今、足尾の市民団体、日光市などの行政、関係企業で共有されている、と私はみています。

 銅山の歴史は光を取り戻し、足尾関係者の気持ちを高めました。歴史の価値を認め、自ら伝えられるようになったのは、まさに生きる力といえるでしょう。さらに、銅山をひとごとにさせない新たな情報発信は、足尾の外にも理解者を広げていったのです。

 歴史は人が生きるために必要であり、昔から大切にされてきました。先人の事績に学び、その継承と発展を重ねていくのは、私たち日本人、日本国民にとってごく自然なことでした。しかし、今はどうでしょうか。歴史が継承されず、人口や産業の維持が難しくなり、目的を達成するためには手段を選ばない人が増えています。

 代表的な例が、人を大切にする建前で相手に言いがかりをつけ、人間性を否定する言動です。安易に自らの評価を上げようとか主張を通そうとする動きには悲しくなります。あらぬ批判で傷つけられる人、反論したくてもできない人、批判を恐れて萎縮してしまう人。そんな人を生み出してしまう社会はおかしいです。自らの言動は控えめに、周りの人に愛の手を差し伸べるのは、私たちの先人が皆やってきたことです。

 道徳心の欠如も歴史が継承されない中で生じたものと思います。人間の生物的特性が発揮されてこそ、人口も産業も維持できたはずです。考えてみましょう。ひと昔前、公金をつぎ込まなくても人口は増えていました。人も仕事も輝いていました。社会規範が崩れ、国民が国民を苦しめています。社会がうまく回っていた時代を見つめ直し、今と、今に至る過程を反省すべきでしょう。反省を伴わないまま問題に対処しても、結局解決になりません。

 1年間、群馬を含めた足尾銅山、そこに生きた人々の歴史をつづってきました。毎回、いろいろな職場で働く皆さまへの感謝で結びました。共感してくださる読者の皆さまと、社会の再生に向けて共に歩めることを願っています。



元足尾を語る会会員 坂本寛明(太田市)

 【略歴】(さかもと・ひろあき) 幼いころ足尾銅山の壮大な世界に魅了され、足尾を語る会などで銅山の歴史を伝える活動を行う。2019年11月に「何かの役に立つ足尾銅山の話」を出版。

 2021/10/18掲載