浅間山大噴火の「天明3年」というテーマを20年来、追い掛けてきた。発掘調査は実に奥が深い。明確な意図を持って臨まないと作業しただけの薄っぺらなものになってしまう、と埋蔵文化財調査事業団の先輩たちが教えてくれた。浅学で方向音痴のために、随分と遠回りしながら目標にたどり着く癖が自分にはあるようだ。各方面の皆さんが示してくれる情報は新鮮で、それをたどることが思考を磨くことにつながり、謎解きに行き着く経験を重ねさせてもらえた。これまで教え導いてくれた皆さんに改めて感謝したい。

 このテーマを通して、地元群馬を見直すフックを見つけるのも私の役割だと思うようになってきた。浅間山に向かう資料館に勤務しながら考えることは、「天明3年を歩く旅」の出発地点が鎌原観音堂の石段だということだ。40年前から行われた発掘調査や観音堂奉仕会の活動、世代を超えた語り継ぎ、地元で続く供養や感謝の営みなどを感じ取ってもらう象徴的な場所といえる。

 天明3年の浅間災害は上州側で甚大な被害があり、地元群馬の歴史や文化に大きな影響を与えてきた。「利根川治水100年」といえば、明治以来100年がかりの治水対策と聞くが、洪水の要因として天明泥流の河川堆積物が大きく影響しているという。堆積場所は本県の絹文化を支えた桑園経営の適地になったという話もある。ナイルの洪水にも似た話だ。疲弊した世相は、渡世人を生み出す土壌や博徒の出現を可能にし、歴史災害というつらい経験が助け合いや義理人情に厚い県民性、「かかあ天下」の風土文化をつくったというのは、当たらずとも遠からずと言えるだろう。

 物言わずゆったりとそびえる浅間の山姿を眺めると、人文・自然科学のさまざまな領域を超えたテーマが湧き出てくるように思える。「天明3年」が群馬の風土を語る上で欠くことのできない源なのだと見直すことを考えていきたい。現在、当館では40年前の発掘調査を扱った写真展を開催している。新たなヒント探しの旅の始まりとして、観音堂石段と資料館を訪ねてもらえたらと思っている。

 「日本のポンペイ」という言葉を意識したのは、ポンペイ遺跡(南イタリア)の発掘調査に参加させてもらった20年前からだ。これからの自分にどれだけのことができるか分からないが、地元嬬恋の歴史文化を火山災害というキーワードでつなげ、「日本のポンペイを創る」ことをテーマとしていこう。

 11月には、旧鎌原村の発掘調査を30年ぶりに再開させる。新たな目線でこの地を見直してもらえることを願っている。



嬬恋郷土資料館館長 関俊明 東吾妻町箱島

 【略歴】県内小中学校、県埋蔵文化財調査事業団勤務を経て、2020年4月から現職。東京農業大非常勤講師。国学院大大学院博士課程後期修了。博士(歴史学)。

2021/10/15掲載