ウサギやカエルなどが擬人化された国宝「鳥獣戯画」。今年、コロナ下の東京で特別展が開かれ好評を博した。賭博遊びなどの描写もあり、当時俗世への風刺の意図もあったのではと評されている。

 擬人法とは、表現のモチーフにある種の人間らしさを付与する文化芸術の古典的な技法だが、事物の真理を鋭く指摘するためには、遠回しな擬人法の方がかえって気兼ねなく社会啓発できるという。アマビエを疫病退散のシンボルに据えるのも同様である。

 かつて、斜面災害を感染症への免疫に擬人化して「地すべりの免疫性」を提唱したのは、東京農業大学で教えた故・小出博氏である。氏は戦後間もないカスリーン台風の災害を踏まえ、崩壊すべき土砂が谷間にたまっていないうちは、次の災害が起こりにくいことを指摘した。土砂災害を人間の病になぞらえることで、現象の本質を理解しやすくした功績は大きい。

 このカスリーン台風から8月で74年がたった。東京近郊の洪水もさることながら、本県では赤城山周辺などで土石流や氾濫が発生し、多くの命と財産が失われた。私たちにとっては、土砂災害としても忘れてはならない戦後の大災害の一つである。

 慰霊碑が山津波のすさまじさを伝える赤城西麓の沼尾川(渋川市赤城町)を、5年ほど前に大学院生とさかのぼったことがある。土石流の発生源となった最上流部の現在の様子を調査するためだ。災害直後に米軍が撮影したモノクロ航空写真では、谷頭から谷間に続く白い無数の筋が、えぐり取られた渓流を痛々しく浮かび上がらせていた。

 しかし、私たちが現地で目にしたのは意外にも草木の繁茂する緑の渓谷だった。崖からこぼれ落ちた大量の土砂の高まりから木々が芽吹き、自然の樹林が回復したものである。この回復状況こそを、次の災害への準備が整ったサインと見なすべきだ。既に「地すべりの免疫性」が失われているからである。ワクチン効果の継続期間と3回目接種の要否が昨今議論されていることをにわかに思い出した。

 災害を擬人化して人間の病に当てはめられる場面は、実は他にも思いつく。ハザードマップを頼りに危険箇所から早期退避することは、3密を避けた生活習慣の見直しに似ている。無症状で経過観察を続ける感染者が発熱して入院治療を始める様子は、斜面変動の兆候をセンサーで監視しつつ異常値を検出した時に本格的な防災工事に着手することになぞらえられる。

 地球温暖化によって台風の巨大化、土砂災害の深刻化が懸念されている。脱炭素の強い政策が求められる中、世界の動きはまだ鈍い。パンデミックを防げなかった2年前の苦い経験が思い起こされる今こそ、擬人化の技法で地球の抱える病の予後を真剣に描写してみる必要がありそうだ。



群馬大教授 若井明彦 伊勢崎市上泉町

 【略歴】地盤災害のメカニズム解明と減災対策などを研究。2019年の台風災害では、富岡市の検証委員会委員長を務め、対応策を提案した。群馬大大学院修了。

2021/10/10掲載