7月28日付の上毛新聞の報道によると、沼田高校と沼田女子高校の統合が事実上決定しました。2021年度募集分で見たときに、本県の公立高校の別学率は18.8%と全国トップですが、今後、沼田高と沼田女子高が統合すると15.9%になります。それでも、公立高校の別学率としては全国1位に変わりありませんし、全国の別学率はわずか1.4%(当会調べ)ですから、まだ大きく開きがあります。

 県教育委員会が今年3月に発表した「第二期高校教育改革推進計画」では少子化による高校数削減について言及しており、今後も統合による共学化は予想されます。しかし、私たちが望んでいるのは高校再編と切り離した独立の課題として共学化が推進されることです。

 なぜ、公立高校の別学を問題とするかというと、何より、公の制度である公立高校が特定の性別の生徒にしか受験・入学の資格を与えないという点で人権問題であり、社会的公正さを著しく欠いているためです。高校生の発達環境としても不自然ですし、男女平等、男女共同参画社会の考え方にも合いません。

 性的少数者への配慮にも欠けており、性別は男女しかないという、「性別二分論」を強化する懸念もあります。これは、県が都道府県として全国で3番目に導入した「ぐんまパートナーシップ制度」と明らかに矛盾するものだと思います。

 公立高校の男女共学化を推進する上で重要になってくるのが県民の意識です。公立高校の男女共学化に関する政策には、「県民の理解を得ながら」という文言が必ず登場するからです。社会学者のケイン樹里安氏は、「マジョリティー」の訳を「多数派」ではなく、「気付かずにいられる人/気にしないでいられる人」と訳しています。気付かず・知らず・自らは傷つかずに済ませられることこそ、マジョリティーの持つ特権だと言うのです。確かに、「マイノリティー」は「そんなこと、気にしすぎだ」とよく言われます。

 公立高校の別学の問題や男女別名簿など、おかしいのではないかと声を上げると「気にしすぎだ」「そんなことは喫緊の課題ではない」と言われてきました。しかし、世間から「この程度のこと」と思われてきたことに声を上げてきた人がいるからこそ、社会が変わってきました。

 マジョリティーの特権に甘えながらマイノリティーを傷つけていないか、社会的想像力を身に付けなければ多様性が認められる社会にはなりません。このまま、「気にしないでいられる人」がそうではない人をつらい状況に追い込む仕組みを維持していくことが、果たして社会的に公正でしょうか。県民の皆さんに問いたいのです。



ぐんま公立高校男女共学を実現する会代表 坂本祐子 高崎市飯玉町

 【略歴】2018年、別学校出身者(太田女子高卒)として初の同会代表に就任。群馬パース大などで非常勤講師を務め、専門は家族社会学。高崎経済大大学院修了。

2021/08/20掲載