トリュフォー監督©DR
トリュフォーについて解説する坂本さん

天国から私たちへ 愛と平和のレター

 『大人は判ってくれない』の鮮烈なデビュー以降、ゴダールと共にヌーベルバーグの時代を切り開いたフランスの伝説的な映画監督F・トリュフォー。今年は生誕90周年に当たり、全国各地でトリュフォーの特集上映が予定されています。戦後の荒廃からの再生を目指してシネマ文化運動が盛んになったフランス。その中からトリュフォーの映画が生まれました。

 戦後のフランスでは、戦争で傷ついた人々の心の癒やしとして、映画に大きな期待が寄せられました。映画館という非日常空間で、皆で喜怒哀楽を共にするという行為が心を豊かにすると考えられたのです。

 トリュフォー自身も家庭や学校生活がうまくいかず、映画館が唯一の逃避所でした。この少年時代の体験は、その後『大人は判ってくれない』のモチーフとなっています。問題児のレッテルを貼られたトリュフォー少年を救ったのが映画評論家のアンドレ・バザンでした。映画文化を通して戦後フランス社会の精神的復興を目指した映画人です。バザンは教師として、友として、また精神的父親としてトリュフォーに寄り添います。

 バザンの下で映画批評を学んだトリュフォーはゴダールと共に古い製作システムを否定して、新しい映画運動を起こします。これがヌーベル(新しい)バーグ(波)と呼ばれる運動です。

 その後、『突然炎のごとく』『アメリカの夜』など映画史に残る名作を次々と世に送り出したトリュフォーは1984年、52歳で生涯を閉じます。後世に多大な影響を与えた彼の生涯自体がまさに映画的な人生でした。

 今ウクライナで戦争が起こっています。このような時、芸術が果たせる意味が問われるのではないでしょうか。戦争で傷ついた心の癒やしを担った映画の歴史を今こそ振り返りたいと思います。

 フランス文化センターのアンスティチュ・フランセ映画プログラム主任、坂本安美さんによると、トリュフォーは、子ども時代の心の溝を埋めるように映画を作り、個人的なものを普遍的なものへ昇華できる力を持った監督だったといいます。

 「一本の映画を撮ることと一通の手紙を書くこと、そこには大した違いはない。ひたすらある一人の人間を考えて映画を撮ることがある」というトリュフォーの言葉を踏まえ、坂本さんは「彼にとって映画は人々に届ける個人的なレターでもあったのでしょう、だから彼の映画はいまだにファンが多いのではないでしょうか」と魅力を話します。

 さらに、「『結び合うことのない断片で人生はなっている』とは『突然炎の如く』原作者のアンリ・ピエール・ロシェの言葉。人は誰しも問題を抱えています。トリュフォーは『結び合うことのない断片』を映画で結び合わせることで、『悲しみは乗り越えられる、欠けているものがあるからそれを埋めるために人は努力できる』と示したのではないでしょうか」と語ってくれました。

 「生誕90周年上映 フランソワ・トリュフォーの冒険」(7月14日まで、東京・角川シネマ有楽町)が上映されるなど、今月から全国各地で特集が企画されています。天国のトリュフォーから、不安定な社会情勢の中を生きる私たちへの愛と平和のレターとして受け取りたいです。

 (慶応大付属研究所リサーチャー)


 太田市PR映画「サルビア」で監督を務めた慶応大付属研究所リサーチャー、小田浩之さんに日本や世界の映画、映画界などをテーマに語ってもらう。

おだ・ひろゆき 東京都出身。太田市PR映画「サルビア」で監督を務める。2018年度県文化奨励賞受賞。東京芸大映像研究科博士課程在籍。