私は本欄やさまざまな場面で「戦略フレームワーク」という言葉を使っています。物事には基本構成(フレームワーク)があり、日本の物語は起承転結で説明されますし、ハリウッド映画のような世界のストーリーテリングは「3幕構成」が一般的です。

 第1幕「設定」が起承転結の「起」に相当し、主人公が何をするのか、例えば「鶴が恩返しに」という前提が説明されます。第2幕「対立・衝突」は「承」「転」に当たり、「見るなと言われているのにのぞいてしまう」葛藤が見せ場になります。第3幕「解決・結末」が「結」で、「鶴に戻り去る」と締めくくるフレームワークは、どこかが欠けても順序が変わっても、物語として成立しません。

 詩の世界では、かつては「文語(古い言葉)」や「五七五」といった厳格なフレームワークがありました。しかし、日本近代詩の父、萩原朔太郎はそれにとらわれない口語自由詩を文学的・商業的に認めさせました。つまり、発展途上でアンダーグラウンドな新しい詩的表現をメジャー・マーケットに認めさせたフリースタイラーだったのです。

 フレームワークの説明をしながら朔太郎のようなフリースタイルの例を持ち出したのは成功率の違いがあるからです。フリースタイルを成功させるのは朔太郎のような天才の特権です。

 戦略論における基本的フレームワークは、「ビジョン(なりたい姿)」→「戦略」→「戦術」です。「なりたい姿」が見えない状態で「戦い方」は決まりませんし、「戦い方」を決めないで打って出ることを無謀と言います。

 もちろん、戦略フレームワークを意識しなくても成功することもあります。ベンチャー企業の成功などは天才性や強運が原動力になっているケースが少なくありません。しかし、持続的経営には爆発的スタートダッシュからその成功体験を戦略フレームワークに再定義するのが王道です。多くの企業が中期経営計画を立案するのは、戦略フレームワークを時系列でアップデートする活動にほかなりません。

 政治的公約でよく用いられるインフラ整備や〇〇誘致、△△費支給などはビジョン(なりたい姿)も戦略もなく、いきなり戦術が述べられている状態です。起承転結の「結」からは、まちづくりの全体構成は見えてきません。

 前橋にはビジョンの「めぶく。」があり、中心市街地の「前橋市アーバンデザイン」が戦略フレームワークとして明確に定義されています。天才的直感ではなく、上流からしっかりと体系づけられたまちづくりは成功率が高いと確信しています。まちなかのさまざまな取り組みの戦術段階での精度を上げる支援をすることが私たちMDC(前橋デザインコミッション)の役割であると考えています。



前橋デザインコミッション(MDC)企画局長 日下田伸(宇都宮市)

 【略歴】清水建設で環境ビジネス、東横インで経営戦略、星野リゾートで旅館再生の事業化に携わり、2020年5月から現職。前橋と宇都宮市の2拠点生活。東京都出身。

2021/8/5掲載