板倉町の田園風景。町面積の約半分を農地が占める

 田植えも終盤の6月下旬、関東平野に広がる板倉町の田んぼは水をたたえ、一面青々としていた。町面積の約半分を農地が占める。第1次産業に就く人は1975年に町の就業人口の50%(4421人)を占めた。

 17%(1350人)。40年後の2015年国勢調査の結果だ。働き手全体が縮小しつつ第3次産業が伸び、産業構造は反転した。同様の自治体は全国にある。

増える離農者

 「農家は減った。町も活気がない」とキュウリ農家の小川和男さん(68)=同町海老瀬。JA邑楽館林によると、最も就農者が多かった世代は既に70代を折り返し、引退を検討し始めている。のどかな田園風景の裏で高齢化が進む。

 コメや野菜の市場価格が下がり、燃料や農業資材が高騰した。小川さんは「満足に収入が得られない。現役世代が引き継ぐのは難しいだろうね」と見通す。

 コメ農家の中野邦夫さん(75)=同町岩田=は仲間が高齢などで離農し、近隣に耕作放棄地が増えたと感じる。「水田が消えてしまう」。一帯で水をため、水質を保全する機能が失われないか心配する。

特効薬にならず

 一方で、新たな柱となるような産業は、まだ見いだせない。販売が伸び悩んだ板倉ニュータウンは、町が10年に企業誘致に着手し、住宅用地から産業用地に切り替わった。計画分の46.6ヘクタールを21年に完売したが、雇用や移住を増やす特効薬にはならなかった。

 人を呼び込む施設を誘致するはずの商業用地8.9ヘクタールは空いたまま。町内で不動産業を営む石川武さん(62)は「どんな施設が来るかと期待したが、街並みは20年変わらない」と話す。東洋大は24年春に撤退する。大学と駅を単純往復する学生が今も目立つ。

 県移動人口調査(20~21年)で、出生と死亡の差で生じる町人口の自然増加率は邑楽郡内で最低のマイナス11.7%だった。中学生の約半数は地理的に近い県外の高校へ進み、早くから外へ引き寄せられる風潮がある。都内の専門学校に通う飯島遥さん(21)=同町籾谷=は、来年の就職を機に1人暮らしを考える。「地元は好き。でも暮らすなら、おばあちゃんになってからでいいかな」。

 あらゆる産業の需要は人口減で先細る。高崎経済大の岩崎忠教授(公共政策)は変化を踏まえた上で、地域資源を生かして新たな産業を起こすことが可能ではないかと語る。

 同町なら農産品に付加価値を生む6次産業化や食品関連企業の誘致などを例に挙げる。「これから人や企業を呼ぶには、地域産業の強みに光を当てる必要がある」と提言した。