子どもたちを取り巻く環境、特に教育において、「ジェンダー平等」は非常に重要な視点です。大学の講義で「私が中学生の頃は『技術・家庭科』という科目があって、男子は技術、女子は家庭科の授業を受けた」と話すと、学生は「信じられない」という反応をします。まるで「先生とは時代が違います」と言いたそうな雰囲気です。

 しかし、児童・生徒名簿については反応が少し異なります。「私が小中学校の頃の名簿は男女別になっていて、必ず男子が先、女子が後だった」と話すと、同じように「信じられない」という学生がいる一方で、「私も先生と同じでした」という学生もいます。周りの学生は「いまだに男女別名簿を使っている学校があるなんて…」と驚きます。

 なぜ、名簿を性別によって分けなければならないのでしょうか。性別で分けた上、なぜ男子が先で女子が後であるのか、児童・生徒に説明できる先生はいるでしょうか。「男女で分かれる身体測定などの時に必要だから」というのなら、その時だけ、子どもたちの目に触れない形で男女別の名簿を使用すればいいのではないでしょうか。

 「気にしすぎだし、そんなに怒ることではない。たかが名簿でしょう」。令和になった今でも、こうした声が聞こえてきそうです。しかし「たかが」程度のものであればすぐに変えればいいと思いますし、このような「たかが」の積み重ねが男女不平等の国、日本をつくっているのです。

 教育において、明示的なカリキュラムや教科内容の面では違いがなくても、学校生活を通じて児童・生徒たちが知らず知らずのうちに身に付けることを強いられるジェンダー規範のことを「隠れたカリキュラム」と言います。男女別名簿の他に、「女性教員の数や地位」も隠れたカリキュラムです。毎回必ず男子の名前が先に呼ばれ、校長先生や教頭先生はたいてい男性で、幼保・小・中・高・大学と進学していくにつれ、女性教員の割合が下がっていくことで、「社会は男性優先。幼い子どものケアをするのは女性、難しい勉強を教えるのは男性。管理職も男性の役割」というメッセージを子どもたちに吸収させてしまうのです。

 男女共同参画社会の理念でもある、性別にかかわりなく、その人の個性と能力を十分に発揮することができる社会の実現のためにも、教育の果たす役割は非常に大きいのです。

 その重要な教育の中で、誤ったメッセージを発信しないためにも、性別によらない名簿(男女混合名簿)は必須だと考えます。社会全体において性的少数者への配慮が強く求められる現在、性別を男女に二分して名簿にするということは、性の多様性を認める観点からも許容できないでしょう。



ぐんま公立高校男女共学を実現する会代表 坂本祐子 高崎市飯玉町

 【略歴】2018年、別学校出身者(太田女子高卒)として初の同会代表に就任。群馬パース大などで非常勤講師を務め、専門は家族社会学。高崎経済大大学院修了。

2021/06/26掲載