▼もし死期が迫っているとしたら、人はどのような行動を取るだろうか。やりたいこと、やり残したことは人それぞれ違うが、最期まで職務を全うし、誰かのために尽くす人もいる

 ▼桐生市黒保根町で唯一の医療機関として昨年3月まで開院していた水沼診療所。地元だけでなく、近隣自治体からも患者が訪れ、中山間地でへき地医療を支える重要な役割を担っていた

 ▼院長の佐藤和宏さんに肺がんが見つかったのは同年2月。担当医はすぐ入院するよう促したが、本人は「患者を放り出して自分の治療に当たれない」と拒んだ。担当医に頼み、閉院準備のため1カ月間の猶予をもらった

 ▼残されたわずかな時間を、患者の紹介状を書くことに充てた。同僚の看護師が体調を気遣っても、「残っているカルテはないか」と心配し、患者と対面するたびに急な閉院をわびた。最後の1人まで見捨てることはなかった

 ▼闘病生活を送っていた昨冬に市内の医療法人が医師派遣を申し出ると、「いい先生が来てくれるようだ」と喜んだ。年が明けた今年1月、70歳で生涯を閉じた。妻の政子さんは「死の恐怖はあったと思うが、いつも患者のことを考えていた」と振り返る

 ▼無医村になりそうだった妻の古里で20年以上、患者に寄り添った。80歳まで医師を続けるつもりでいたが、志半ばで天国へと旅立った。院長から託された診療所は8月上旬の再開を目指している。