群馬サファリパークで生活する動物の中にはトラのように単独生活をする種もいる。一方、多くの草食動物やライオンなどは群れで生活をする。群れで生活する動物は、一度群れから離してしまうと戻れなくなることも多く、治療の必要があっても、タイミングを計ることが必要となる。
また、群れの社会性を学ぶ必要があるため、基本的に育児は母親に任せる方針で飼育している。
2019年12月、1頭のライオンが出産した。育児経験のある母親だったが、今回はあまり育児をする様子もなく、最後に残った仔(こ)も衰弱していった。本来なら母親に任せる命だが、助けたいと思った飼育員から「人工哺育で育ててから、11月に出産した別の母親のベルモット(以下ベル)に自分の仔と一緒に面倒みてもらうことはできないか」と提案があった。
私は反対した。人工哺育で育て、11月生まれの仔たちと混ぜることは可能だが、ベルが一緒に面倒をみるわけがない。ベルと一緒にした瞬間に殺されるだろうと思った。
それでも可能性があるならという飼育員の強い希望で、人工哺育が始まった。テトと名付けられたライオンの仔の成長自体はとても順調で、すくすく大きくなっていった。
1カ月程たつとベルの仔3頭と日中一緒に過ごし始めた。最初は強くかみすぎて怒られたりしていたが、すぐに仲良くなった。予想通り、4頭でずっと育ったかのように一緒に遊んで、寝て、ライオン社会で大切なことを学んでいった。
人工哺育から3カ月程がたち、ミルクから肉へ餌の変更も順調に終わったある日、テトをライオン獣舎に移動した。まずはベルに自分の仔たちとテトがじゃれあう姿を見せることから始めた。自分の仔たちと同様にテトが鳴いた時に心配そうに見守る姿に少しの可能性を感じた。
そして、ベルと同じ獣舎に入れる時が来た。テトは自分よりとても大きなベルを怖がり、ずっと隅で威嚇していたが、ベルがテトを攻撃することはなかった。4日程でテトからベルに近づくようになり、それからは一緒に生活することができた。
本来なら他の仔を育てるなんてあり得ないと思っていたが、テトは違う母親ベルに受け入れてもらえた。また、年上の兄弟たちのおかげでライオン社会のこともちゃんと学ぶことができた。
現在、テトはライオンゾーンの群れの中で生活している。群れ飼育を維持することは難しく、制限が多々ある。だからこそ、治療や人工哺育で育った個体が群れに戻って生活できるようになるのは一番うれしいことである。
今回、そんな奇跡に立ち会えた。お客さまに「4兄弟、仲良しね」と言ってもらえると、「テト、よく頑張ったね」と心の中でつぶやいている。
群馬サファリ・ワールド獣医師 中川真梨子 富岡市南後箇
【略歴】獣医師として九州のサファリパークに約4年勤務後、2015年7月、群馬サファリ・ワールド入社。動物の健康管理や治療を担う。北九州市出身。麻布大卒。
2021/02/05掲載