中之条町歴史と民俗の博物館「ミュゼ」で始まった吾妻東部の被害を伝える展示=1日正午ごろ

 1783(天明3)年の浅間山大噴火が今年で二百四十回忌の節目を迎えることに合わせ、群馬、長野、埼玉の3県の博物館や教育委員会など16機関が連携し、来年夏までに各地で関連資料の展示会や講演会を開く。「浅間山大噴火から240年『天明三年』を語り継ぐ」と題し、噴火が各地に残した爪痕を伝える。

 浅間山大噴火は被害が広範囲に及んだため、記録や供養碑が各地に残されている。各地域に伝わる史料を中心に、それぞれの視点から噴火を見つめ直す。

 連携企画は、住民の8割に当たる477人が死亡するなど壊滅的な被害を受けた旧鎌原村(現・嬬恋村鎌原地区)の出土品を展示する嬬恋郷土資料館の関俊明館長の呼びかけで実現した。県外では埼玉県立川の博物館(同県寄居町)、浅間縄文ミュージアム(長野県御代田町)などが参加する。

 群馬県では長野原町営博物館「やんば天明泥流ミュージアム」が6月25日に学芸員講座を開き、古沢勝幸館長が絵図や古記録を基に浅間山大噴火の経過や天明泥流の発生を解説。中之条町歴史と民俗の博物館「ミュゼ」は1日、当時の吾妻東部の人々が残した絵図や古文書の展示を始めた。8月31日まで。今後、前橋市教委などが展示会を予定している。

 同博物館の小野千浩さんは「災害を後世に伝えようとした人々の記録を、現代の私たちがさらに後世へ受け継いでいきたい」と力を込めた。同資料館の関館長は「240年たっても語り継がれている災害は他に例がない。災害の教訓と共に、悲しみを乗り越えようとしてきた人々を知ってほしい」と話した。

 浅間山は1783年5月から地鳴りなど火山活動を始め、8月5日に大噴火を起こした。大噴火により発生した「土石なだれ」は鎌原村をのみ込んだ後、吾妻川に流れ込み「天明泥流」となって長野原町などを襲った。泥流はそのまま流れ下り、利根川を通って現在の千葉県や東京都へ到達したと考えられている。一連の災害により、1490人以上の犠牲者が出たとされる。

 連携企画の詳細は嬬恋郷土資料館のウェブサイトに掲載予定。