侮辱罪が厳罰化された。インターネット上の誹謗(ひぼう)中傷対策としての法改正だ。これをきっかけに根拠のない誹謗中傷が減り、心を痛める人が少なくなることを願う。

 インターネット上で実名で活動している私自身、誹謗中傷を受けた経験がある。私が行っているフリーハグの活動は誹謗中傷されることが多い。特に韓国や中国で活動して動画を配信すると、批判や中傷が多数届く。共感や賛同の声も多く、全体の中の割合にしてみると少ないのだが、自身の心に受けるダメージはかなり大きい。

 自分の主張を世の中に向けて発信するならば、嫌われる勇気を持たなければいけない。全員が100%同じ意見を持つわけではなく、反対の立場の人もいるからだ。これまでコミュニケーションは対面で行うものだったが、今は交流サイト(SNS)を通して顔を見ず、しかも匿名で気軽に発言できる時代になったから、その覚悟はなおさら必要だと考える。

 私が初めて動画を配信したのは中国に留学していた時だ。中国版のユーチューブに中国語の歌を歌っている自分の姿をアップした。身近にいる中国人の友人ではなく、不特定多数の中国人と接触してみたかったのだ。

 初めてもらったコメントは「拉圾」という2文字。意味は分からなかったけれどとてもうれしくて、ワクワクしながらその意味を調べてみた。すると、それはなんと「ごみ」の意味。でも不思議と嫌な気分にならなかった。誰かが動画を見てわざわざ反応してくれたことと、新しい言葉の意味を知れたことがうれしかったし、こうやっていつか話のネタにできると確信していたからだ。

 この経験が教えてくれたのは、言葉に意味を持たせるのは自分自身ということだ。もしその言葉の意味を知らなかったら、自分自身が受けるダメージは何もない。だから自分で言葉の意味付けをうまく行えば、ダメージをかわせるはずだと考える。

 つまり、他人が話す言葉や内容はコントロールできないけれど、それにどのように反応するかは自分でコントロールできるということである。だから私は嫌なコメントが届いたら、徳を積んでいると思うようにしている。

 そして何より大事にしているのは、その出来事を人に話すということだ。自分の中にもやもやをため込むのではなく、人に話すだけで自然と気持ちが楽になる。面識のない無関係な相手からの批判は、面識のある人によってうまく相殺できる。

 SNSが人々に浸透していくにつれ、誹謗中傷対策はますます必要になる。ただ、法律が心の傷を癒やしてくれるわけではない。だから、たとえ目には見えない相手に対しても、思いやりを持って接することができる社会になってほしいと強く願う。

 【略歴】大学卒業後に世界を飛び回る中で、通り掛かりの人と抱擁する「フリーハグ」を開始。約1万人とつながってきた。企業や教育機関で講演も行っている。

2022/7/9掲載