幼少期、青年期を群馬で過ごした私にとって、群馬の山は身近な存在でした。実家は商店で週末の休みはなく、夏休みに家族で行くキャンプや、冬・春休みに連れて行ってもらったスキーが、私の野外教育指導者としての原体験となったように思います。

 中学生になると、電車やバスを使って、1人で山歩きやスキーに行き始めました。高校生になると、活動エリアも広がり長野の山にも行き始めました。山好きの両親とはいえ、未熟な中高生の私にこのような「冒険」をよく許してくれたものだと思います。

 これらの経験は、生涯山と付き合っていくための山とのつながりだけでなく、自己の形成に大きな影響を与えてくれました。1人ですので誰にも頼ることができず、事前計画と準備から始まり、山行のマネジメントなど、仕事にも必要そうなスキルが自然と身に付きました。時には友達を連れて行ったこともあったので、子どもながらに彼らに対する責任感のようなものも感じていたかもしれません。

 一度、天候が崩れるのが分かっているにもかかわらず、部活の休みがその日しかなかったので、八ケ岳登山を強行したことがありました。案の定、夜通し吹き荒れる嵐に、テントはほぼつぶれ、中に水が流れ込み、生きた心地はしませんでしたが、嵐が過ぎた朝には、何か一皮むけたような記憶があります。

 大学で「野外運動」というゼミを選択し、「冒険教育」という学問に出合いました。恩師の運営するキャンプは、冒険教育の理論を取り入れており、自分が中高生のときにした山の経験を、教育プログラムとして子どもたちに提供し、目の前の子どもたちが見る見る成長していく姿に感動を覚えました。思えばそれが趣味から仕事に変わった瞬間だったのかもしれません。

 「冒険教育」という概念は、1941年にイギリスで生まれ、60年代のアメリカの野外教育の中で体系化されました。それによると、参加者は、「非日常的な自然環境」の中で、「新たな社会集団」に所属し、そこで解決せざるを得ない「課題」を与えられることにより、自己、他者との間で認知的、感情的な「不調和」を経験します。

 通常の社会生活ですと、そこから離脱できますが、自然環境の中でその集団は解散することはできず、課題解決を断念することもできません。参加者は、その不調和を統制し、仲間と共に課題達成する過程で、これまでにはない知識や能力を身につけます。

 群馬県はこの冒険教育の無限の可能性を秘めています。指導者養成機関、公認システムの欠如などにより、業界となるまでは至っていませんが、いつか群馬から冒険教育を通じて、たくましくスマートな社会のリーダーたちが生まれていくシステムができることを夢に見ます。



野外教育者 岡村泰斗 茨城県つくば市

 【略歴】大学で野外教育の指導後、野外教育研修などを行う会社や指導者養成を支援する協会を設立。伊勢崎市出身。前橋高―筑波大大学院修了。博士(体育科学)。

2020/05/05掲載