林牧場県馬事公苑の厩舎(きゅうしゃ)の壁に取り付けられていた初代ぐんまちゃんの看板。ここから調べ隊の記者が各地を取材した(新井諭撮影)

 子どもから大人にまで親しまれている県のマスコットキャラクター「ぐんまちゃん」。現在のぐんまちゃんは2008年に“襲名”した二代目だが、今ではすっかり定着した。その陰で初代ぐんまちゃんが忘れられようとしている。1983年のあかぎ国体のマスコットとして誕生してから約40年。改めてスポットを当てようと、文化生活部、前橋、館林、藤岡、中之条の4支局の記者計11人による「調べ隊」が6月14日~7月8日、同国体の競技会場だった施設を中心に、その姿を探した。

30施設を取材

 調べ隊は、初代ぐんまちゃんの看板が残ることで知られる前橋市の林牧場県馬事公苑からスタートし、県内の約30施設を取材した。

 あかぎ国体で空手競技が実施された東吾妻町町民体育館。合併前の「吾妻町」と書かれた湯飲み、スタンプのほか、金属製の看板が残されていた。

 看板は高さ90センチほどで、道着姿で正拳突きをしているものが2枚、ワンピース姿が1枚あった。

 卓球が行われた中之条町では、メイン会場だった旧中之条高体育館(現吾妻中央高体育館)にはなかったが、練習会場として使用された近くの町総合体育館の陳列棚にグッズを見つけた。

 湯飲み、うちわ、バッジ、エプロンで、いずれもラケットを振る姿がデザインされていた。

 国体の町実行委員会が1984年に発行した資料には、売店の店員や婦人協力員がそのエプロンを着ている写真が収められていた。

 ライフル射撃競技の舞台となった榛東村の県ライフル射撃場では、県ライフル射撃協会長の岡田栄三さんが所有するコーヒーカップとソーサー、湯飲みを見せてくれた。

 「榛東村」の文字と片膝をついて銃を構える姿が描かれている。岡田さんは「榛東の名を全国に知ってもらう良い機会だった。カップのデザインも『かわいい』と好評だったんだよ」と振り返った。

国体関連グッズに

 多くのグッズが見つかる中、弓道会場だった渋川市の渋川青翠高(旧渋川西高)では、表紙に初代ぐんまちゃんがデザインされた総合優勝記念のアルバムが保管されていた。

 バレーボールが行われた伊勢崎市市民体育館の陳列棚にはワッペン、報道関係のガイドブック、弁当の包み紙などが飾られていた。当時相撲選手だった桐生市立北公民館長の前田和秀さんは、箱にイラストが描かれたたばこを保管。「自分が吸う銘柄じゃなかったから記念に取っておいた」と笑顔で話してくれた。

忘れられるの残念

 調査では、湯飲みやコーヒーカップなどのグッズが多く見つかった。グッズはあかぎ国体や各種イベントで配られており、県民や当時の選手らが私物として保管している可能性が大きいとみられる。

 現在のぐんまちゃんは2014年に「ゆるキャラグランプリ」で優勝。21年には県制作のテレビアニメが放送されるなど広く県民に親しまれており、かわいらしい見た目から県内外にファンも多い。

 一方で、県の記録によると、初代ぐんまちゃんがグッズなどに使用されたのは、国体期間を除いた1985年~2009年で391件。時の流れとともに人目に付く機会は少なくなっている。特に若い世代にはなじみが薄いだろう。

 取材を通じて、そのかわいらしさや当時の人気ぶりを知り、忘れ去られるのは残念だと感じた。29年には、本県で国民スポーツ大会(国体から改称)と全国障害者スポーツ大会が開かれる。もう一度脚光を浴び、語り継がれる契機になればと願う。

二代目 「民間利用しやすく」

 初代ぐんまちゃんの作者は、猫を主人公にして人間社会のエゴを描いた絵本「11ぴきのねこ」シリーズで知られる漫画家の故馬場のぼるさん。

 県民に親しまれた初代だったが、県と馬場さんの契約内容による権利の問題で、商品展開しづらいといった課題があった。近年はほとんど利用されておらず、県は昨年12月に民間による商品化などを中止した。

 一方で現在のぐんまちゃんは、1994年のゆうあいピック群馬大会(第3回全国知的障害者スポーツ大会)のマスコットとして誕生。当時の名前は「ゆうまちゃん」だった。2008年にぐんま総合情報センター(愛称ぐんまちゃん家)が東京・銀座に開設されたことを機に「ぐんまちゃん」を襲名。09年からは無償でキャラクター利用できるようになったこともあり、民間で例年千件近い利用があるという。

取材で撮影した写真は、写真共有アプリ「インスタグラム」の上毛新聞文化生活部のアカウント(@jomobunka)で公開します。また、さまざまな初代ぐんまちゃんの写真を募っています。撮影場所などを明記しインスタへ「#上州調べたい」で投稿してください。集まった作品は断りなくインスタで転載したり、紙面で紹介したりします。