1959年1月、館林市の正田家を訪れた美智子さま(右から2人目)と正田氏(左から2人目)

 正田醤油(しょうゆ)相談役の正田宏二(しょうだ・こうじ)氏が10日、肺炎のため群馬県館林市内の病院で亡くなった。92歳。自宅は同市大手町。近親者で密葬を済ませており、同社が社葬を後日行う予定。

 正田氏は1929年、東京都生まれ。東京大農学部卒。53年、同社に入社して研究開発に従事した。60年に専務、63年に社長に就任し、30年以上にわたり同社をけん引した。98年に会長、2009年に相談役に就いた。

 館林商工会議所会頭を1980年から8期24年間務め、地元の商工業振興に尽力した。県食品工業協会長、全国醤油工業協同組合連合会長などを務め、業界の発展に寄与した。また、県教育委員会委員長、県公安委員会委員長、県バスケットボール協会長を歴任した。

 86年に藍綬褒章、2000年に勲三等瑞宝章を受章。地域経済の発展や文化の振興など幅広い分野の功績が評価され、12年に館林市名誉市民に選ばれた。上皇后美智子さまの父で日清製粉元会長の故正田英三郎さんはいとこ。

 同市は19日から、市役所1階に記帳所を設ける。

地元・館林市 関係者ら感謝、惜別

 10日に死去した正田醤油相談役の正田宏二氏は、館林商工会議所会頭などとして地域経済や文化の発展に尽力した。地元館林市の政財界関係者らは進取の気性に富んだ経営手腕や功績を振り返り、別れを惜しんだ。

 同社社長で長男の隆氏(62)は「外食や加工食品の需要増など、市場環境の変化に柔軟に対応した」と振り返る。経営者としては「自分が納得するまで追究するタイプ」で、スピーチは自分で考え、「常に自分の言葉で語った」という。一線を退いた後はピアノ演奏や茶道を楽しんだ。

 正田氏は2012年に館林市の名誉市民に推挙された。多田善洋市長(62)は「商工会議所会頭在任時には、青年部の活動などでお世話になった。地元の商工業への貢献は計り知れない」と述べた。授与時の市長、故安楽岡一雄さんの妻で家族ぐるみの交流があった信子さん(72)は「地元からの表彰は、褒章や叙勲にも増してうれしいと喜んでいた」と振り返る。

 文化・芸術支援のため地元の企業と設立した「セント・メセナの会」は昨年、県総合表彰を受賞した。同会名誉会長の前原章宏とりせん会長(86)は「群馬交響楽団のコンサートは20回も開いた。お気に入りというエルガー『威風堂々』を演奏していないのが心残り」とコメントした。

 同会で親交のあった特定医療法人慶友会の宇沢充圭理事長(85)は「43年前に館林で開業した際は大きな助力をいただいた。館林のシンボルのような人」と残念がった。県商工会議所連合会の曽我孝之会長(81)は「人柄の良さと心の豊かさにはいつも感銘を受けていた。強い喪失感を感じている」と肩を落とした。