私が以前住んでいた京都では、市街地に出没するほど爆発的にニホンジカが増え、森林生態系への悪影響や農林業被害、病害虫の増加、災害リスクの増大などさまざまな問題を引き起こしています。

 特に森林生態系については、シカが届く範囲全ての植物を食べ尽くしてしまい、森林の世代交代ができなくなっていることが深刻です。好みの植物から際限なく食べて次々に絶滅させていく様子は、人間の振る舞いにも重なって見えます。

 餌となる植生が失われてくるとシカの数が次第に減ることがありますが、芽は飢えたシカにたちまち食べられるため、柵で囲わない限り植生は回復しません。下草がない状態が長く続くと、土壌ごと種が流されてしまうのでさらに再生が難しくなります。個体数だけでなく、植生と合わせて状況を把握し、対策を検討することが大切です。

 みなかみ町はまだシカの食害による植生への悪影響が顕著でなく生息密度が低い状況ですが、これまでの調査から確実に数が増えていることが示されています。そこで、赤谷プロジェクトは10年ほど前から「シカの低密度管理」を目指し、遭遇頻度が低い中で捕獲する技術の開発や、摂食状況を調べる植生調査などを進めています。

 近年、町とも連携を強め、ユネスコエコパークとして生物多様性を保全するため、また、農林業被害を抑えるためには植生に顕著な影響が表れない低密度状態を維持する方が、被害拡大後に対策を講じるよりも費用対効果が高いという認識が共有されています。

 シカが全国で爆発的に増えているのは、戦後の狩猟規制が長く続き過ぎたことや狩猟者の高齢化、気候変動による積雪の減少などさまざまな要因が重なっているためと考えられています。そしてその対策は、捕獲圧を掛けることに尽きると考えます。

 京都で若手ハンターを増やすことに寄与していたのはジビエ活用でした。事業性だけでなく、自然と向き合い、自然の恵みを活用することが大切だという考えに共感している人が多い印象でした。

 しかし本県では、いまだ原発事故による野生鳥獣肉の出荷制限が解かれていません。解体所ごとに全頭検査などの体制を整えて「一部解除」を目指すのが現実的だと考えます。消費者の観点からもそのようなジビエは安全安心であると感じます。

 山からシカを運び出し、解体所の経営を成り立たせることは容易ではありませんが、この地域で思いを持った人たちに出会うたび、きっと良い取り組みが実現するはずだと可能性を感じています。

 一度失われた自然を取り戻すのは本当に大変です。低密度管理によって地域全体で生息数のバランスを保つことができれば、全国各地の希望になると期待しています。

 【略歴】土木資材メーカーを退職後、カナダに渡りNPOなどでインターンを経験した。2021年から現職。大阪府出身。京都大大学院修士課程修了。

2022/7/19掲載