参院選中、猛暑の中でも街頭活動に立った角田氏=6月27日午前、吉岡町内

「政党が主体の選挙を」

 与党の「圧勝」に終わった参院選について、元参院副議長で立憲民主党県連最高顧問の角田義一氏(85)が上毛新聞の取材に応じ、立民などが取った提案型の戦略を「大間違い」とし、与党との対立軸を鮮明にする姿勢を求めた。白髪をふり乱して与党に論戦を挑む姿から「ホワイトタイガー」の異名を取った角田氏。県内の野党系国会議員が不在という危機的状況の中、野党立て直しへ「遺言」として持論を述べた。

 「政治は権力闘争。死に物狂いで与党と対峙(たいじ)し、国民に訴える姿がなければ支持は得られない」。角田氏は立民惨敗の背景について、与党と戦う姿勢が鮮明でなかったことや、野党が一定の固まりをつくって挑めなかったことで、自民の批判票の受け皿になり得なかったことを挙げる。

 全国32の1人区で野党が候補者を一本化したのは11にとどまり、4勝28敗に終わった。立民は非改選を含めると引き続き参院で野党第1党とはいえ、比例代表の得票は日本維新の会を107万票余りも下回った。

 立民側は「批判ばかり」というイメージからの脱却のため「提案型」を重視した戦略を採用したが、角田氏は「大間違いだった」と指摘する。「提案は昔からやっている。参院では法案を修正し、合意形成をしてきた。与党と対立軸を鮮明にして闘う熱意や気迫が見えなかった」と述べた。

 群馬選挙区(改選数1)で立民県連は、国民民主党県連、連合群馬との「共闘」で戦ったが、得票は自民候補の3分の1以下の約13万9千票で敗れた。

 角田氏は支持母体である連合群馬との関係は重要との認識を示した上で「3者共闘を否定はしないが、応援団の連合が主人公になり、戸惑いがあった。選挙は政党が主体にならなければならない」と語った。

 1989年の参院選群馬選挙区(同2)で約44万3千票を集め、トップで初当選した角田氏。2007年の政界引退まで3期18年、社会党、民主党の「重鎮」として活躍した。一方で最近の本県の政治状況を鑑みると、野党候補が全て落選した昨秋の衆院選以降、野党系の国会議員が一人もいない状況が続く。

 「地域に根を張った組織の立て直しが必要。そのためには一人一人が汗をかかなきゃいけない」と話す角田氏。今後を見据え、「強い者が強くなり、弱い者が弱いままという現実を変えていく。それが『野党』の一番大事な責務だ」と力を込めた。