博物館・美術館の重要な役割に作品の「保存」と「活用」があります。簡単に言うと、保存は後世により長く守りながら伝え、残すための手だてを講じることで、活用は広く一般に公開し、多くの人々に見てもらうことです。

 しかし、この二つの役割は互いに相反するものです。なぜなら、作品の劣化を鑑みれば極端な話、展示公開はせずに収蔵庫に安置しておくのがベストです。逆に多くの来館者に見てもらうためには、いつでも展示しておくことが望ましいでしょう。一見相いれない保存と活用の両輪は、博物館・美術館の永遠の課題といえます。

 保存について、美術館業務のいくつかを具体的に挙げてみましょう。

 展示室内・収蔵庫内の温湿度管理、作品の状態点検、展示室の照明と作品の展示日数の配慮、展示ケース内の空気環境整備、美術館が立つ地域の気候や環境の観察、災害対策、虫害対策などが一般的でしょうか。それぞれの業務はさらに枝分かれして領域をまたぎます。

 とはいえ、多くの博物館・美術館の学芸員は、日常の業務と兼務してこれらの管理や点検整備を行っているのが現状です。保存担当の学芸員を専属で配置する館は日本では一握りといえます。学芸員は美術館を取り巻くさまざまな要素をコントロールしつつ保存と活用に折り合いをつけ、作品や資料群と日々対峙(たいじ)しています。

 当館は7月23日から、企画展「『東海道五十三次漫画絵巻』と歌川広重『狂歌入東海道』」を開催しています。展示に向けた準備として、適切な保存環境を整備して作品を守る「予防的保存」の観点からの作業を行いました。

 長年、古い額装状態にあった当館所蔵の歌川広重の「狂歌入東海道」(1840年頃)全56点の額装内部を新調したのです。収蔵時から付された台紙は酸化が進んでいました。のりや劣化したテープなど、作品が直に接する部分の古い素材全てを取り除き、作品は新しい中性紙のマットに収まりました。理想的な額装を終えた作品群は一点一点が生き生きと呼吸し、本来の表情を取り戻したように感じられました。

 一方、現在7500点を超える収蔵作品の中には、残念ながら収蔵時より作品そのものの状態が良好と言えず、展示(活用)の機会を得ないまま収蔵庫に眠り続けている作品や新たな額装を待つ作品が少なからずあります。

 作品の整備にはそれなりの予算の確保が必要です。そしてそれぞれの作品について、構造や外観、歴史的背景を熟知し、それらを生かしながらの保存と活用の実践が求められています。

 作品を取り巻く環境整備を日々検討し、むしろ一対としてある保存と活用の在り方を今後も探っていきたいと考えています。

 【略歴】1993年から大川美術館に勤務。夭折の画家、松本竣介の調査研究に取り組む。近年は関係者からの聞き取りを基に戦後桐生の美術の調査を進めている。

2022/8/1掲載