▼俳優の渥美清さんは17歳で終戦を迎えた。東京大空襲で家を焼かれ、戦後の混乱を上野や浅草の盛り場で過ごした。テキ屋を手伝い、闇物資を売りさばいたりする不良少年だった

 ▼あるとき歩道と車道を仕切る古い鎖を盗んで補導された。警官はとがめず、諭すように言った。「お前の顔は一度見たら忘れられない。『フランス座』に行け」。優しさに触れ、やがてコメディアンとして舞台に立つようになった

 ▼映画『男はつらいよ』で寅さんを演じて国民的な俳優になったが、私生活は一切明かさなかった。慎み深い渥美さんのひそかな楽しみが俳句だった

 ▼〈ゆうべの台風どこに居たちょうちょ〉はまるで寅さんが話しかけているよう。〈冬めいてションベンの湯気ほっかりと〉というのもある。「四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れる御茶ノ水、粋なねえちゃん立ちションベン。白く咲いたが百合の花、四角四面は豆腐屋の娘、色は白いが水くさい」。啖呵売(たんかばい)の名調子を思い出す人もいるだろう。俳号は風天である

 ▼〈お遍路が一列に行く虹の中〉は歳時記にも採用された。〈団扇(うちわ)にてかるく袖打つ仲となり〉や〈鍋もっておでん屋までの月明り〉に人柄がにじむ

 ▼映画が頻繁に再放送されるので亡くなった気がしないが、きょうは命日。もう26年になる。故小渕恵三元首相は寅さんファンクラブの会員第1号だった。クイズに出そうな豆知識である。