教育機関や美術館、地方や都心で長期的なプロジェクトに携わる機会が増え、どの場所でも私は「遠回りをしている」と言われる。それは決して悪い意味ではない。その言葉を口にする人たちはその意味や価値を分かっている。

 私の遠回りする癖は、高校教員の経験が関係しているかもしれない。遠回りすることで教育的な成長の場や次に取り組むべき課題、思いもしなかった面白い発見があるからだ。ただ遠回りは、時間的な遅れの発生や常に2手3手先の物事に取り組み、それが無駄になることも覚悟する必要がある。

 現在、複数のプロジェクトを同時進行していて感じるのは、何が本当に必要かを見極めることが重要であり、言葉だけではその見極めが難しいということだ。複数の組織や人が関わるプロジェクトではさまざまな立場や事情がある。その一つ一つに向き合っていると内容が散漫になり、効果的な成果や変化は生まれない。そればかりかこちらが疲弊してしまい、得るものがない結果に終わる。

 多様な意見が出る中で何を基準に見極めるか。分かりやすいのは、関わる人たちの表情を観察することだ。言葉よりも表情で判断することが大切だと感じている。

 そのため、組織同士が顔を合わせる機会や体を動かすワークショップ、全体、グループ、個人などの人数を変えたミーティングなどの回数を多く設けている。

 プロジェクトのゴールに直結しないようなプログラムを組み込み、プロジェクトに本当に必要な要素を観察する。どのタイミングで笑いが起き、話が盛り上がるのか。判断材料として話の内容よりも表情や雰囲気を重視する。それによって見えてきたことが最初に設定していたゴールと違っている場合は、最終着地点の考え方を見直すといい。

 複数の人が関わるプロジェクトであればあるほど、最終着地点を明確に設定する必要がある。しかし、最終着地点を点で考えてはいけない。点で考えず面(フィールド)で考えることで、肩の力が抜けスマートな答えが出てくる。

 「この答えじゃないといけない」という点で捉えた着地点は、プロジェクトの過程で発生する面白いアイデアを排除してしまう恐れがある。自分がイメージできる着地点を想定し、そこからどこまでを許容範囲にするかのフィールドを広げる。最終的にフィールドのどこかに着地できれば、プロジェクトの成功だと考える。

 出発から着地点まで最短距離で行く場合はプロジェクトではなく、欲しい物がこれしかないという状態で、その過程はただの作業になってしまう。もっと楽しみ、それぞれが必要とされる関わり方や存在になり、プロジェクトが終わった後もその成果を日常に生かせることが素晴らしいプロジェクトである。

 【略歴】中之条ビエンナーレ出展を機に2018年から町地域おこし協力隊員として活動。任期後、定住し創作を続ける。長崎県出身。東京芸術大大学院修士課程修了。

2022/09/15掲載