▼ドイツで哲学を学び、機能性や合理性とは距離を置いた作品が評価される建築家・白井晟一(せいいち)(1905~83年)。本県では旧松井田町役場庁舎と料亭の岡源、書店の煥乎堂を設計した。このうち唯一現存するのが旧庁舎だ

 ▼宿場町の面影が残る住宅街の一画。白い塗装と太い列柱、緩やかに湾曲した広いテラスが目を引く。着工は55年。前年には6町村が合併して新松井田町が誕生している。斬新で個性的な庁舎に、新たな町の未来を託したのだろうか

 ▼92年に新庁舎が完成するまで使われ、その後は公民館や文化財資料室として利用された。耐震性不足などのため5年前から立ち入り禁止となっており、使い道は決まっていない

 ▼存続を求める声は少なくない。富岡市役所の設計などを手がけた建築家の隈研吾さんもその一人だ。先日、同市を訪れた際に立ち寄り「世界の近代建築の中でも価値ある建物。構造的な補強はしやすい。美術館などとして活用してもらいたい」と話した

 ▼歴史的建造物の存続を巡り「価値がある」「貴重な建物」と評価する声があっても、改修や維持管理費、活用方法などがネックとなり、姿を消してしまうケースは多い

 ▼だが建造物は地域の歴史や文化、先人の思いを物語るもの。それを守り、次代につなぐには、そこに暮らす人たちの強い意志が必要だ。一人一人が誇りと関心を持ち、声を上げてくれることを願う。