決勝のマウンドで躍動した浜村(左)。野手の好プレーに笑顔をこぼす=7日、福島県営あづま球場
決勝の終盤3回を締めた上野。人気、実力とも依然トップクラスだ。世代の融合がビックの力を一段と引き上げた=福島県営あづま球場
チーム史上初の3連覇を達成して胴上げされる岩渕監督(中央)=7日、福島県営あづま球場

 ソフトボールの日本女子リーグ1部決勝トーナメント(決勝T)はビックカメラ高崎が前身の日立高崎創部から31年目で初の3連覇を達成し、1968年から54回に及ぶ歴史に幕を閉じた。東京五輪イヤーでもあり、来春には新リーグ「JDリーグ」もスタートする。激動の時代に価値ある一歩を踏み出した。

 7日の決勝スターティングメンバー発表で、ビックの先発投手は浜村ゆかりが告げられた。今季リーグで最優秀防御率0.65を記録した26歳。6日の準決勝も5回無失点と文句ない仕上がりだった。それでも、「上野が先発しない決勝」はチームの大いなる挑戦。世代交代を意識させるマウンドに浜村は登った。

五輪見据え底上げ
 上野が左ふくらはぎを痛めるなどで長期離脱した2016年も浜村は最優秀防御率0.54と活躍して決勝Tに登板したが、意味合いは異なる。きっかけの一つに、五輪前哨戦だった18年世界選手権での日本代表の敗戦がある。宿敵米国との準決勝を藤田倭(太陽誘電、現ビック)、敗者復活で勝ち上がった決勝を上野由岐子(ビック)の先発完投で臨み、競り負けた。米国はアボット(トヨタ自動車)らが矢継ぎ早に継投し、日本に主導権を握らせなかった。

 この年の日本リーグは決勝Tの途中で太陽誘電の藤田、決勝でビックの上野がともにトヨタのアボットに0-1で投げ負けた。代表は継投を視野に入れた「3枚目」が求められ、五輪候補の浜村の成長は喫緊の課題だった。ビックの岩渕有美監督は実戦に積極的に起用し、兼任コーチの上野や捕手の我妻悠香は得意球種の磨き上げ、制球力向上など基礎に立ち返る助言を与え、底上げを図った。

真のエース挑む
 五輪本番の3人目には上野と藤田の右の二枚看板を補う左の後藤希友(トヨタ)が選ばれたが、浜村の成長は目覚ましかった。「使ってもらえる信頼感」を強く意識し、球速より制球や回転など「一球の質」をひたすら高め、球の手元の伸びは見違えた。

 今回の決勝Tトヨタ戦2試合で山崎早紀、渥美万奈の五輪主力野手を抑え、計9回無失点。レギュラーシーズン首位と決勝T制覇を支えた浜村は「いろいろな場面で投げさせてもらい、今までできなかった経験をさせてもらった。すごく大きな1年だった」と得たものの大きさを実感していた。

 上野が顎を骨折した19年も大黒柱を務めた。浜村の成長ありきの3連覇といえた。「失投をさらに減らしたい。これからも自分の置かれた立場でしっかりやり切る」と宣言。ポスト上野と呼ばれて久しい8年目を終え、最強の看板を担う「真のエース」への挑戦が新リーグで始まる。

◎五輪で鍛えた打撃力 市口、内藤、藤田「主砲」並ぶ
 「毎年『投手のチーム』と言われるけど、ことしに関しては打の力も良かったかなと思っている」。7日の日本リーグ優勝会見でビックカメラ高崎の内藤実穂主将は語った。例年の決勝トーナメントは1点を争ってタイブレーク突入も珍しくないが、今季は準決勝2-0、決勝3-0と決定力が光った。東京五輪で共闘したトヨタ自動車の20歳左腕、後藤希友も「主砲が並んでいるようなもの。威圧感がすごい」と評した。

アボットを攻略
 トヨタの先発アボットを捉えた決勝六回裏の攻防は先頭市口侑果のヘッドスライディングから始まった。「ともかく出る」という気持ちのこもった内野安打。四回の守備では1人で併殺を取った攻守のキーマンが突破口を開いた。送りバントのサインが出ていた内藤も慎重に球を選んで四球と舞い上がらなかった。

 無死一、二塁で殊勲の適時二塁打の藤田倭は今季前半の不調を五輪の活躍で払しょくしていた。五輪決勝でアボットから放った適時打を再現するような一発だったが、「1打席目から打てる球がなかった。あらためてすごい投手」。わずかに甘く入った球を見逃さなかった。

比較の圧力脱す
 リーグの本塁打ランキングで2位タイの6本に内藤と藤田、4位タイの5本に市口と打撃をけん引した。内藤は打点王(19打点)の市口とともに2年連続でベストナイン入り。27歳の内藤と29歳の市口、30歳の藤田は東京五輪の中核世代として早くから期待され、五輪イヤーへひた向きに準備してきた成果といえた。

 代表の先達で五輪経験もある上野由岐子や山田恵里(デンソー)と比較される立場でもあった。特に「二刀流」の藤田は上野との二枚看板を求められ、「精神的にも極限状態だった」。五輪を終えた、金メダルを取ったというのは、それを乗り越えたに等しかった。

 今季移籍の藤田は、上野や山本優らベテラン、岩渕有美監督の言葉に何度も救われたとし、「人の温かさに触れた、助けられた1年」と総括。内藤は「チームスローガンの『一致団結』がこうして形になって良かった」と締めくくった。

◎若手起用し底上げ 就任5年 岩渕監督
 日本リーグ優勝を決めた7日のインタビューで、岩渕有美監督は涙をこらえきれなかった。もともとは1998年に日立高崎(現ビック)に入部した外野手。2004年アテネ五輪の銅メダリストで、引退後の14年にコーチとなり、17年に宇津木麗華監督(現日本代表監督)からチームを引き継いだ。常勝軍団のあるべき姿、東京五輪への期待感など、さまざまな重圧に打ち勝っての戴冠だった。

次代へ使命感
 上野由岐子や山本優ら代表主力が集うチームで過去の実績にとらわれない若手起用を心掛けた。代打や代走、守備固めに始まり、徐々に先発も経験させる。近年は中西舞衣や北口美海、工藤環奈らが主力入りしたが、代表勢との競争の厳しさもあり、中西と北口は昨季で引退。工藤は20年の決勝で勝ち越し犠飛、今季も遊撃手に定着してシーズン終盤まで活躍した。

 五輪種目となった1996年アトランタをきっかけに群馬は代表輩出の一大拠点となった。ビック、太陽誘電とも助っ人外国人がいない理由の一つだ。岩渕監督もその歴史とともに過ごし、上野らと肩を並べて戦い、指導者になった。だからこそ、「次世代」を育てる使命感を持ち続ける。

主力不在
 東京五輪に向けて年170日の代表合宿が組まれ、ビック主力はたびたびチームを離れた。今季リーグ前半戦後は五輪終了まで「チームが二分された状態だった」という。しかし、決勝で2点二塁打を放った大工谷真波は「残された若手を引っ張らなければと思ったし、一方で練習のサポートなど陰で支えられた感謝もあった」と話した。主力不在の間も若手は自らの役割に徹し、団結につながるだけの下地が生まれていた。

 打順や登板順など試行錯誤した昨季までに対し、今季後半戦は先発浜村ゆかりで大黒柱の上野が抑え、4番は藤田倭と投打に軸を定め、決勝トーナメント(決勝T)でも貫いた。岩渕監督は就任5年目で求めたチームの形に至り、「ベンチを含めた全員」を優勝の功労者に挙げた。

 決勝T表彰式で、三宅豊日本協会長(新島学園高出身)は半世紀を超す日本リーグの最終年を飾ったビックの偉業をたたえた。「多くの選手が活躍し、築いてきた歴史の上に(新たな)素晴らしい実績を積み上げてほしい」と来春の新リーグ「JDリーグ」の盛り上がりにも期待。有終の3連覇から初代王座へ、ビックの戦いは続く。...