勝海舟の放談集『氷川清話』に、人斬り以蔵と呼ばれた岡田以蔵との逸話があります。勝を襲撃した壮士を真っ二つに斬り伏せた岡田に対して「君は人を殺すことをたしなんではいけない。先日のような挙動は改めたがよからう」と忠告したところ、岡田が「先生。それでもあの時私が居なかったら、先生の首は既に飛んでしまっていましょう」と言ったという話です。

 競争により市場環境が日夜更新される中で、いかにきれいな中長期戦略やビジョンもその価値は加速度的に色あせ、数年前のものの多くはあだ花と化しています。国内市場は約30年前に人口ボーナス期を終え、統合された市場の中では企業の国籍にかかわらず熾烈(しれつ)な競争が展開されています。また価値の多様性の浸透とは相対的に、ハインドマンが『デジタルエコノミーの罠(わな)』で議論するように、先進産業を中心として長く大きく稼げる企業の裾野はより限られてきています。惰性的な慣習や規制によりスポット的に生じるひずみやむらも多くは減少傾向にあります。

 例えば、ピケティの『21世紀の資本』は歴史的に資本の収益率が経済成長率よりも高いことを議論したものですが、雇われ投資家(≠資本家)も厳しい市場にさらされています。映画『007/カジノロワイヤル』でマッツ・ミケルセンが演じた敵のように数字に追われながら、ジャングルの奥地まで足を運び、日夜目を凝らし、アナログに営業や打ち合わせに汗水を流し、信用を維持し、顧客や投資機会をモノにしようとしています。逆に消費者としては、それらの競争のおかげでさまざまな商品やサービスを好条件で安く享受することが可能になっています。われわれが自分の仕事や生活に集中しながら満足した暮らしができるのも、供給側の熾烈な競争があってこそです。

 黙々と人一倍働き、誠実に努力することが尊いという価値観は薄れてきているように感じます。淘汰(とうた)を前提とした逸脱行為や衝動的なパニック、非団結・非協働的な動き、変化の中から体調や精神に問題を抱える方も少なくありません。こうした状況の中で、私たちは個人として組織として、数日後、数カ月後、数年後、数十年後の未来に影響する選択に日々直面しています。設備投資を伴う事業ほど長い将来を見据える必要があります。

 自分たちは何を誇りとするのか、また機会であれ脅威であれ、選択の基礎とする全くなじみのない将来の展望(形成する原動力・トレンド・不確実性など)を言語化して共有し、その見解や対応策を議論しながら形にしていくことから始めてみるのはいかがでしょうか。大ざっぱで不完全なものかもしれませんが、重ねていく中で組織としての柔軟性や対応力の基礎となると考えます。



投資・投資助言業役員 永井宏典

 【略歴】政府系金融機関、野村総合研究所を経て、2021年4月から現職。米国証券アナリスト、米国公認会計士。高崎市出身。高崎高―慶応大卒。

2021/11/04掲載